小説版イバライガー/第25話:未来の想い出:3(前半)

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OP(アバンオープニング)

 病院から、次の施設に移動した。
 太陽光発電、燃料電池などが十分以上に整った施設でなければ、これ以上のサバイバルは難しいからだ。
 近郊で、それがある施設は1つしかなかった。

 全ての始まりの場所。
 ワカナたちが、かつて働いていた素粒子研究機関。

 その地下に、拠点を移したのだ。

 核爆発が起こったというのに、周囲に放射線はなかった。
 あのときに、イバライガーが、シンが、何かをしたのだろう。
 これからも生きていくワカナのために。

 ジャークも、その後は姿を見せない。
 あの戦いでジャークが駆逐されたわけではない。
 むしろ、拡散していた。

 日本中に撃ち込まれた核ミサイルによって、ジャークは消滅した。
 だが、ジャークとは本来、エモーション・ネガティブそのものなのだ。
 実体を破壊するだけではダメなのだ。イバライガーのように、ポジティブの力で対消滅させるしかないのだ。

 人類は、恐怖に駆られて最悪の選択をしてしまった。
 爆発によって飛散したエモーション・ネガティブ=ジャーク粒子は、海を越え、世界中にばらまかれた。
 そして再び、人々に取り憑く。

 誰がジャーク化するか、わからない。
 疑心暗鬼に陥った人間は、互いに殺し合い、世界は一気に崩壊していった。

 そして、数年が過ぎた……。

 

Aパート

「見て、いい感じでしょ?」

 回収したイバライガー1号機に『R』の刻印が取り付けられていた。失った片腕も、すでに修復されている。

「それは?」
「……この中にはシンが眠ってる。シンは、約束を守って帰ってきてくれた。でも、まだ眠ってる。だから、この刻印は約束の証。リターンのR。いつかシンが……その心が目覚め、立ち上がる日のための、約束の証……」

 言って、ワカナはイバライガーのボディを抱きしめた。
 胸元に触れている。『コア』だ。

 シンが起動させたボディには、それまでにはなかった器官が生成されていた。

 ワカナは、その器官を「マインド・コア」と名付けた。
 今は、私のボディとなる予定の2号機にも、1号機のそれを模した同様の器官が組み込まれている。
 それは、イバライガーの「心」なのだという。

 心とは、なんだ。
 命とはちがうものなのか。
 意思のことか。記憶のことか。

 だが、思考は脳の働きによるものだ。様々なインプットによってシナプスが形成され、個体ごとの思考パターンが生まれる。ある電気信号に対して、どのように反応するかが決まる。身体も、そこで判断され、出力されたコマンドによって動く。すなわち、システムそのものだ。
 34種類の元素が様々に結合しあい、外部エネルギーを取り込むことで代謝と増殖を行い、非平衡状態を定常的に保つシステム。
 それが生命だ。
 その中には、心などという器官はない。

 だが、人は心があると考える。
 存在しない器官。それこそが人を人たらしめているようにも思える。

 私たちには、そのための器官=マインド・コアが組み込まれた。
 元々の制御プログラムにはなかった機能、不完全だった部分を補填する追加システムといったものだ。

 物理的に存在する「心」と、存在しない「心」はちがうのだろうか。

 


「また、難しいことを考えてるんでしょ?」
 ワカナの声が、聞こえた。
「はい。人とは。心とは。命とは。生きるとは。私は、まだ理解できていません。故に考え続けます」

「まぁ考えちゃうのは仕方ないよね。でも、私にだってわからないし、たぶん、誰だってわからないのよ。理屈で仕組みを解き明かすことはできるけど、理屈をトレースするだけで生きてるってことじゃないと思うし……」
「はい、それは理解できます。システムをコピーし、クローンを作ったとしても、それは生まれたと同時に別のものになっていく。不確定性原理が示すように、完全な予測、完全な再現は不可能です。極めて近い状態を再現することは可能ですが、100%の合致は論理的にありえません」

「だ~か~ら~~、そんなに難しく考えなくていいってば。あなたはね、私とお喋りして、一緒に暮らせばそれでいいの。本当にいいのかどうかは、それこそ不確定だけど……何もわからないままに進んでいくしかないのが、生きるってことだと思うしね」

 言いながら、ワカナはいくつかのプログラムを走らせた。
 それはケーブルを伝って、1号機へと送られている。

「……ある種のプロテクト……ですね。一部の情報にアクセスできなくするための」

「うん。心はね、守ってあげたいんだけど、記憶はね……。辛い記憶なんか持たせたくないの。この子は、生まれ変わって新しい人生を生きるのだから」
「この子?」

「そう。シンの心を持っているけど、この子は、もう新しい命なのよ。イバライガーR。次の世界へと旅立っていく私たちの子供。その子に、重荷なんか背負わせたくないの。生きたいように生きて欲しいのよ。私のためにも、シンのためにも」
「イバライガーR……」

「ま、私が作ったプログラムだから、どれだけ機能するかわかんないんだけどね。エドサキ博士から色々教えてもらったけど、私、あんまり出来のいい生徒じゃなかったから。ナツミがいたら完璧だったんだろうけど……」

 ワカナは、振り返って写真を眺めた。
 彼女は、しばらく写真を見つめ、それから最後のキーを叩いた。
 ケーブルが、外されていく。カプセルが、閉じていく。

「いいのですか、ワカナ。もうエネルギーはほとんどない。ここの環境を維持するだけでギリギリのはずです。カプセルを閉じたら、もう開くことは……」
「……わかってる。でも、いつまでもこのままにしておけないもの。もう、休ませてあげなきゃ……」
 ワカナは、動かずに見つめていた。
 その背中は、なぜか私のメモリーに深く刻まれた。

 心。想い。

 ワカナの背中には、それがあるように思えたのだ。
 カプセルが完全に閉じられる直前、ワカナの声が聞こえた。

「さようならシン。さようならR。いつか再会しようね。また一緒に笑おうね」

 


 時が流れた。

 ワカナは、ベッドに横たわっていた。

 私は、今も起動できない。
 ワカナを介護するために小型のサポートロイドを作り、それを操作してはいたが、私の本体は、今も静止したままだ。

 感情エネルギーが、集まらない。
 人はまだ、わずかに生き残っているようだが、あまりにも少なすぎる。
 ましてポジティブな感情は、滅多にキャッチできない。

 それでも、長い時をかけて少しずつ蓄え、あと少しで起動に必要な最低量に達するはずだが、この数年はパワーゲージのメモリは、全く変化していない。
 一方、ワカナの命の火は、尽きかけている。

 老いている。

 最近のワカナは、サポートロイドとなった私をミニライガーと呼び、我が子に語りかけるように、様々な思い出を話している。

 子供だった頃のこと。
 まだ、ジャークがいなかった頃のこと。
 何に笑い、何に泣いたか。世界がどれほど希望に溢れて見えたか。
 ワカナは脈絡なく、それらを語り、眠り、目覚めると、再び語り続けた。
 この数年は、眠る時間が長くなっている。

 ワカナを寝返りさせてから、私は部屋の奥を見た。
 3つのカプセルがある。
 1つは、私だ。もう1つは、R。
 そして、最後の1つ。

 その中には、ワカナ自身の心が宿っている。
 私は、ワカナが最後の1体を再調整したときのことを思い出した。

 


「なぜですか。なぜ、3号機を、あなた自身を模したヒューマロイド=イバガールへと再調整するのです?」

「わからない。でも、ひとりぼっちは寂しいわ……。私も、シンも……あなたも……」

「わかりません……私を起動するだけでも数十年分の感情エネルギーが必要なはずです。その2体を起動できる可能性は限りなくゼロに近い……」
「そうね……。それでも……私はずっと待っていると約束したの。でも、私の残り時間はもうない。だから……」

 シンのことも、思い出した。
 彼とは、わずかな時間しか過ごしていない。私が造られたばかりの頃の記憶だ。

 「お前が、俺の細胞を受け継いだイバライガーか。まだ結婚もしてねぇのに、親父になっちまったみたいな気分だなぁ」

 シンが、元気だった頃の声。
 まだ私は十分な受け答えができず、ただ黙って、シンの声を聞いていた。
 シンは時々やってきては、独り言のように様々なことを語った。彼から何かを学んだという記憶は、ほとんどない。子供の頃の思い出。友人や仲間とのバカ話。メモリーにあるのは、たわいもない話ばかりだ。

 彼は大事な話などしない。声を聞かせ、想いを語る。それだけだ。当時の私は、何のことかわからずに、ただ聞いていた。
 今なら、わかる。彼は、私を人間として扱っていたのだ。もの言わぬ赤子に接する不器用な父親。それがシンだった。

「……頼むぜ、ワカナを……」

 ジャーク四天王カンナグールとの決戦に向かう前、彼は私に声をかけた。
 その言葉を発したときのシンは、いつもとは違っていたが、すぐにいつもの調子に戻った。

「……い、いや、やっぱいい。俺のことは俺が何とかしないとな。お前は俺から生まれたが、そもそも俺の子は俺じゃねぇもんな。親の業を背負わせるのは間違いだよな。帰ってきたら、自分でケジメをつける。帰って来れれば、お前を戦わせずに済むかもしれないしな……」

 私が聞いた、シンの最後の肉声だ。
 この後、シンは昏睡状態になり、二度と話すことはなかった。

 彼は、帰ってきた。

 今も、いる。
 目覚める可能性はゼロに等しいが、彼の心は、今も『R』の中で眠り続けている。

 そしてワカナは、待ち続けている。
 ヒューマロイドに心を託して、ワカナはシンを待ち続けるつもりなのだ。
 世界が終わっても、全てが途絶えても。

 シンが言った通り、私は一度も戦っていない。本体を起動することさえ、できない。
 私は、永遠に寄り添う二人を、見守り続ける。

 だが、それでいいのか。見ているだけしか、できないのか。

 私は、何をすればいいのだ。

 


 ベッドで、動く気配がした。声が聞こえる。

「……生きるの……よ、イバライ……ガー。あきらめないで……生きる……の……。生き続ける……こと……それこそが……」

 ワカナは、ゆっくりと半身を起こして、震える手で指差した。カプセルがある場所より、さらに向こう。
 粒子加速器。

「……あの向こう……に……もう1つの世界が……。別の可能性……が……」

 この数年、ワカナが考え続けていたことだった。
 粒子加速器を使って、時空を超える。特異点を通じて、別の時空へと転移する。

 唯一、行ける可能性のある刻へ。
 全てが始まった、あの日へ。
 そして、やり直す。

 その世界が平穏であったなら、平穏に生きればいい。
 もしも、同じ運命が待ち受けているのなら、立ち向かい、食い止める。

 本当にそんなことができるかどうかは、わからない。
 だが、ワカナは言った。

 あなたなら、できる。
 あなたは、ただのヒューマロイドじゃない。
 私たちの……この世界を生きた全ての人たちの想いを受け継いで、運命を変える「時空戦士」になるの。
 新しい世界を、新しい時空を、守って。

 なぜだ、ワカナ。

 私が起動できたとしても、時空転移ができたとしても、あなた方は救われない。
 救えるのは、別の時間軸、別の可能性でしかないのだ。
 私が救いたいのは、あなただ。あなたのいる、この世界だ。

 ありがとう。でも、いいの。
 人間はいつだって、新しい可能性を生み出すために生きているのよ。
 最初から限りある命。どこかの誰かに受け継いでもらうために、人は生きるの。
 別の時空でも、かまわない。
 命がつながる。想いがつながる。
 それこそが、人が生きるということなのよ。

 ……この子たちをお願いね。

 イバガールは私だけど、私じゃない。
 イバライガーRはシンだけど、シンじゃない。
 彼らに託したのは、心。想い。普通の親が、子供に託すものと同じ。
 いつか……いつか、きっと目覚める日が来る。

 お願いね、イバライガー。
 この子たちが笑って生きられる世界を……家族と……子供たちと……精一杯、愛して生きられる世界を……

 ワカナ。だめだ、ワカナ。行くな。
 私は、あなたを救いたい。あなたを置いてはいけない。

 ワカナ。ワカナ。ワカナ。ワカナ。ワカナ。ワカナ。ワカナ!!

 

(後半へつづく)

 


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