依頼者との交流編08(メール商談ライブ)

2018年7月31日

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お客様からのメール/その9

うるの様

お世話になります。
先ほどは、いろいろとお話しを教えていただき、ありがとうございます。
どこの世界も厳しいことを理解する機会を得ることができ、ありがたく思っています。
お話しした現時点で訂正をお願いしたいところを記したPDFをお送りします。
よろしく願いいたします。

(以下、書名)

 

うるの送信メール/その10

うるのです。

本日はお打ち合わせの件でお電話いただき、ありがとうございました。
6月4日午後3時に伺わせていただきます。

さて、それとは別件で、先の校正のほうなのですが・・・お送りいただいたPDFの内容が、最終版の内容と異なるようなのです。

プリントしてチェックしてくださっているようですが、PDF各ページの右上に表示されているURLを見ると、どうやらウチのサーバ上にある校正テスト版をご覧いただいているようなのですが、最終版は昨年12月に納品させていただいたCD-Rに収録したほうのモノです。

最終版では、実際に公開するときと同じように、WEBページ自体のデザイン・レイアウトも施されており、メニュー、ボタン類なども配置されています。

まだ全部を見たわけではありませんが、お送りいただいた校正PDFでご指摘されている箇所の多くは、昨年の時点でチェック済みであり、こちらにある(CDで納品させていただいた)バージョンでは、すでに修正されています。

ただし、最終版でも修正されていない箇所も見つけましたから、最終版=完成版ではないことも確かです。
ですので、ちょっと混乱しているのですが、いずれにしても最終校正は、最終版を元に見直していただくほうがよろしいかと思うのです。
なお、もし昨年末にお届けしたCD-Rが見当たらないといったことがあれば、こちらのサーバに最終版をアップロードしますので、遠慮なくお申し付けください。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その10」補足解説

 ちょっと校正段階で混乱があったのだけど、こういうときって再校正を待っていたらキリがないのよね。

 メールでは、もう一度最終版を見直してねと書いてあるけど、だからって見直してくれるのをボケっと待っていると、いつまでもラチがあかない。

 そんなわけで、先方が見直している間に、送ってくれた「1つ前のバージョンへのツッコミ」をチェックして、最終版に反映されていない問題点などを洗い出し、自分なりに修正を進めておくんだ。

 

うるの送信メール/その11

うるのです。

○○マンガの修正、一応完了しました。
以下URLでご確認いただけます。

(URL)

何もかも修正指示通り、というわけではなく、一部はボクのほうでアレンジして対応しています。特に「コメント入り1.pdf」のほうに書かれていることは、どうにも理解できないこともありまして。

一番厄介だったのは(KEKも含めて科学マンガ、学習マンガではありがちなことなのですが)、キャラクターの言葉遣いですね。

この作品もそうですけど、こうした作品の多くでは「解説役=研究者の代表」と「聞き役=読者の代表」が出てきます。
解説役のほうは専門家として描写しているので、セリフを修正しやすいんです。厳密で正しい言葉遣いをさせて問題ない。
でも、聞き役のほうは一般人(しかも子供)なので、あまりしっかりした喋り方をさせるわけにいかないんですね。いくら説明を受けたとしても、キチンとした研究者から見たらアバウトすぎる理解であるはずなんです。正しく喋れてしまうのは不自然すぎるんですよ。
とは言え、誤った発言で放置するわけにもいきませんので、子供の発言としてギリギリ何とかなる範囲で調整してやるのですが、それでもあまりに完全な、研究者的なセリフにするわけにもいきません。マンガは論文じゃないですから。
(論文的な文面にしたいのなら論文にすべきであって、マンガを使う以上は、マンガのロジックは無視できないんです)

他にも「○○とか……」といった、曖昧さを含む言い回しが多かったりして気になる部分があるかもしれませんが、この「とか」が臨場感でもある(インタビューの録音などを聞くとわかりますが、その場その場で喋っている話し言葉というのは、そんなに理路整然としていません)ので、そういう部分を削ってしまうとマンガじゃなくなってしまうんです。

校正された方は、学術的に厳密にチェックされているのでしょうから、できるだけ指示に沿うように留意しましたが、正直、きちんとした学問的な文章というのは、一般人は面倒くさく感じやすいので、ニュアンスとして残したほうがいいと思われる部分で、なおかつ、その表現が明らかな間違いでない部分は、そのまま残したものもあります。

他にも「ここは変更しないほうがいい」と感じた部分はあります。
例えば3話の3ページ目の3コマ目。セリフの中に「畜産農家の負担を減らすこともできる」というのがありますが、修正では「より良い牛を市場に出すことができる」と消費者寄りの表現にする指示でした。
でも、そもそも子供たちが消費者の代表でもあり、ここまでにも何度も「おいしいお肉が増えるといい」といったセリフが出てきていますから、今更言わなくてもいいことだと思います。
このページの後半では、肉牛を育てる畜産農家について言及させていて、○○は畜産農家の手助けにもなる、生産者を支えてあげることも必要なんだという部分を意識しているんです。
ここは「理科」というよりも「社会」ですね。でもどちらも大事なことで関係しあっている。読者の子供たちには、そういうコトも感じさせてあげたいわけですよ。授業の教科が違っていても、それらは関係しあって大きなモノを作っているんだと。そういう気配りをしないと言いたいことを言ってるだけのシロモノになってしまうんです。

他にも、卵子を卵に、といった指摘もあったのですが、今のところ卵子のままに残してあります。だって卵じゃスーパーで売っているアレのイメージでありすぎてピンと来ないんですよ。何で卵と言い換えてるのか、さっぱり理解できません。
(この他にも指示の意味が理解できないところなどは、そのままになっていたりします)

説明が足りないなどと指摘があったところも、そのままにしていたりします。ボクに説明できるわけじゃないし、できたとしても、何でも全部説明しちゃうとクドすぎて、マンガにならないんです。
KEKのマンガでも、何でも説明してるわけじゃないです。
一部は割愛して、物語としての部分……読みやすさを優先しないと、どうにもならないんです。
それに、もしそこで読者が「コレはどういうことだろう?」と思ったら、その人なりに調べてくれるものです。そういう行動こそが「学び」ですし、熱心な読者がそうなるということをボクは何度も目にしていますから。
熱心じゃない人は、わからなくても調べないけど、そういう場合は説明したって聞いてないですから。読んだだけで、すぐに忘れちゃう。でも、楽しく読めたなら、それはそれでいいんですよ。
その楽しかったという体験が、次へとつながっていくんです。
1回目より2回目、2回目より3回目。楽しかったからこそ、よりしっかり読んでくれるようになっていき、いつかは最初は忘れちゃったような事も、ちゃんと頭に残るようになります。
説明しすぎて、そういう「可能性」を摘んでしまうのは避けるべきだと思うのです。科学コンテンツ=つまらないというレッテルを広めるべきではありません。

もちろん、ボクが「このままにすべき」と考えた部分も、厳密な表現に変更せよと言われれば、それに従います。
ただ、その場合は、マンガとしては不自然なモノになるだろうことは、ご承知いただくしかないです。マンガとしての魅力を犠牲にしないとやれないことになってしまいますので。

本来、マンガというのはテキトーでいい加減なモノなんですよ。
多少間違っていようが、常に面白さが優先。テキトーだからこそ読みやすい。そういうモノであって、だからこそ人気がある。
読み手のほうも「勉強」だと思って読む人は、まずいません。
学習マンガと呼ばれているものも、アレは正しくは「学習だと言い訳できるマンガ」だと思います。本気で勉強する気になれないから、一応は勉強的なコトを扱っているマンガを読んで、自分や親に言い訳する。そういうモノでしょう。本気で学びたいなら、子供だってちゃんとした参考書を読むものです。

だから科学マンガ、学習マンガというのは、受け手(読者)にはマジメに勉強する気がないことを前提にしなきゃならないんです。
軽い気持ちで授業には出てみたけど、本気で勉強する気はない。本気出されたら逃げる。そういうつもりで読まれていると考えるんです。
なので冗談やギャグなどで引き込みながら、ちょっとずつ、読む側の気分をうかがいながら進めていかなきゃならない。学者がマジメになればなるほど、読者は逃げちゃうんですから。
逃げちゃってもマジメのほうが優先だというのなら、そもそもマンガにすることが間違いなんです。逃げちゃう=誰も読まないなら、マンガで描く必要がないんですから。マジメで逃げない子を相手にするのなら、マンガじゃなくていいんです。

また、いくらマンガだと言っても、一般誌に掲載されている人気マンガのように読者が食らいついてくれるわけではありません。
マンガは本質的に楽しませるためのモノであって、科学だの知識だのという目的は、純粋なマンガから見れば不純物ですから。不純物が目立つ作品が、純度100%の作品に勝てるわけがない。
けれど、それでも論文のままでは読んでくれない人たちを多少は振り向かせることはできます。そして読み始めたら、それなりに面白いと感じさせることも。
その気もなく眺めていたテレビのクイズ番組で意外なトリビアを耳にして「へ~」って思って、ついつい見てしまうというくらいには。
ただ、アレも自分たちと同じくらい(もしくはソレ以下)に知識がない芸能人たちがアレコレ騒いでくれるから見ていられるのであって、同じことを紹介しても教育テレビだったら見ないんですよね。

マンガにするというのは、そういうことだと思うのです。
だから、読んでもらえて、なおかつ内容に過ちがないギリギリのところを探っていかないと、せっかくのマンガがマンガでなくなってしまい、成果を出せなくなるんです。
今回の校正も、そういう考え方で対応させていただきました。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その11」補足解説

 ここでも依頼者に逆らっている。
 言う通りにやるだけなら、それはもう業者であって作家じゃないもんね。

 作家の部分をしっかり感じさせておくことは大事なんだ。
 オペレーションじゃなくてクリエイションなんだと。
 オペレーターなら指示通りに入力するだけだけど、クリエイターはそうじゃないんだ。

 そして、そのクリエイターの部分こそが命。それを理解してもらって、お互いに意見を言いあえるようにしていく。
 そうしないと「創作系の請負仕事」って成り立たないのよ。

 

お客様からのメール/その10

うるの様

ご多忙のなか、ありがとうございます。
これから中身を拝見します。
私としては、うるのさんの見解に賛成です。
取り急ぎ、お礼まで。

(以下、書名)

 

「お客様からのメール/その10」補足解説

 ああ、よかった。担当レベルでは同意してくれた。
 いや、あれほどたくさん書かなくても同意はしてもらえると思うんだけどね。

 でも、担当者が同意したらOKでもないのよ。
 他の研究者、上司、監査などなど、色々な部署や部門も納得しないと、こういうモノは終わらない。

 だから、まずは担当者のハートを掴んで、その上で「同意してくれた担当者が他の人を同意させるための材料」を提供していくわけ
 で、その状況が読めないから「ああ言われたら、こう返す」と対応できるように、様々なネタや切り口を示しておくわけ。
 出来るだけ多くの武器を与えて、その使い方も示しておく(体験させておく)って感じかな。

 たくさんのメールのやり取りをして、その時々にちょっとずつ、ネタを仕込む。

 この「ちょっとずつ」が大事なのよ。いっぺんに手渡しても受け止めきれずに丸ごと捨てられちゃうからね。
 そういう地味なやり取りを積み上げて、漫画という仕事を守っているの。

 

(「依頼者との交流編09」へ→)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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