依頼者との交流編06(メール商談ライブ)

2018年7月27日

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お客様からのメール/その7

うるの様

お世話になります。
このたびは、講演をご快諾いただき、ありがとうございます。標記について、開催要領ができましたので、ご案内いたします。演題や講演時間(50分;原則として質疑応答なし)について、ご確認をいただき、正式な演題を教えていただければ幸いです。
会議のほうは、ご講演の時のみの参加で構いません。

また、会議資料(12月26日〆切予定)の執筆要領と著作権許諾書(原本を提出)もお送りいたします。これにつきましては、もしよろしければ、現在制作中である「ネーム」を4ページ程度掲載したいと考えていますが、いかがでしょうか。ご多忙の中、恐縮ですが、こちらのほうのご協力もよろしくお願いいたします。

(以下、書名)

 

「お客様からのメール/その7」補足解説

 突然、何の話?と思っただろうけど、これが冒頭のイントロでチラっと触れた講演のお話。
 今回の漫画制作で担当の方とたくさんの話をしたんだけど、その内容に感心してくれて、それで研究者の学会で特別講演してくれって頼まれた。

 こういうことって、時々あるんだ。

 もちろん講演は本業じゃない。
 でも、そういうふうに思ってもらえる仕事ができたってコトだから、こうしたオファーは嬉しいんだよ。

 しょっちゅうあるわけじゃないけど、年に1~2回はあるので、だんだんと場慣れもしてきているし、一応、大学で非常勤講師やってたコトもあるんで、大勢の前で喋る経験もそこそこは積んでるしね。

 他にも、WEBやデザイン系の仕事でも、そういうことは度々あったんだ。
 セミナーとか勉強会とか、そういうのもやってあげられるってのは、割と役立つのよ。

 だから、こういうオファーとか、サイエンスカフェとか、SF大会での○○の部屋とか、機会があったらドンドン参加して、場数を踏んでおくのも悪くないんだよ。

(この後の「うるの送信メール/その7」は、講演で喋ることの概要をまんまメールに書いてるので、とても長いメールになってる。ごめんね)

 

うるの送信メール/その7

うるのです。

ご返信が遅くなり、失礼しました。
お送りいただいた資料には目を通しました。

ボクは20日の朝の「マンガを通じた○○研究のリスクコミュニケーション(仮題)」という講演・・・なのですね。

まぁ、題材が○○だからといって特別なわけではないのですが、こうした科学啓蒙・広報にマンガを活用する際に、自分がどんなことに留意して取り組んでいるのか、またマンガによる啓蒙・広報を行うとはどのようなことを考えて行うべきなのか、といった部分について、今回の○○マンガを例にお話しする、という感じでよいのだろうと考えています。
(○○研究そのものについてボクが語れるわけではありませんし)

なお、会議資料の締切は12月26日とのことですが、その頃にはマンガは全て完成しているはず(もし一部の作業が完了していなくても、ほとんどは、この日よりもずっと早く出来上がっているはず)なので、ネームではなくて実物を資料として掲載することも可能だと思います。
(もちろんネームのほうがいいという場合もあるでしょうけど、例えばネームと完成作品を並べて比較したり、といったこともできますから、そういう提示を考えてみても構いません)

以下に大雑把に「科学啓蒙・広報にマンガを使うとはどういうことか」に関する考察を書いてみました。
今回制作している○○マンガを見せながら「こうした問題があるから、こう描いた」とか「このシーンでは、こういうことを考慮した」というように具体例として示しながら語ればいいのかな、と思っています。
(もし勘違いしてたらご指摘ください)

高エネ機構でも○○○○研究所でも、とにかく科学というのは感情論ではないのですが、マンガというのは感情を刺激する部分が不可欠なので、普通の論文的な切り口だけではダメなわけです。
マンガを使うというのは、科学の言葉を一般用語に置き換えて、なおかつ学問ではなくレジャーとして楽しませることで、その話題に慣れ親しませていくということです。
知識を披露しても、それを聞こうと思っていない人には届かない。
雑音と同じなんです。だから、知識を語る以前に、こちらの話に耳を傾けてもらえる状況を作らなくてはなりません。
そうした部分を補うのがマンガやイラストの役目です。

広告や広報物を作るときにボクが一番気にするのは、その広報物に接する読者は、どのような状態かという部分です。
読者が、書かれている内容に強い興味を持っていたり、それを読まざるをえない必然性があるのなら、伝えるべきことが伝わるように記載されていれば、それで十分です。読者の知識レベルなどによって表現や文言には工夫しなければなりませんが、そうした部分にさえ留意してあれば、その広報物は一定の成果を出すでしょう。
学会や科学専門誌、科学イベントなどで発表する、というのはこのケースですね。
相手がこちらの話を聞くはずだという前提があるから成り立つのです。

けれど読者が、その広報物に書かれている内容に何の興味も持っていないとしたらどうでしょう?
また、その知識がなくても困らないとしたら?

彼らの多くは、ファッション雑誌は読んでも、科学雑誌なんかは読みません。
ディズニーランドには行くけれど、科学イベントには行きません。それで困っていません。
○○に関する知識がなくても日々の仕事にも支障はないし、生産者のことを知らなくても焼肉は食べられるのです。

そして、社会全体としては、そういう人のほうが圧倒的多数です。
何かの科学イベントで何千人の来場者を集めて大盛況と言ったところで、それは人気アイドルのライブの十分の一にも達していない。
科学の情報には振り向いてくれない大多数を何とかして振り向かせない限り、科学の裾野は広まっていきません。

そのためにマンガにする、という広報手段があるわけです。

大事なのはマンガにすることそのものではなくて、そうすることで広報に貢献できるという成果です。
マンガは手段であって目的ではないはずなのですから。必ずどのような成果が出せるかを検討し、そこを目指す。そのためにはどうするかを考えるのです。
科学で呼びかけたら決して振り向かないはずの人々に、マンガという全く別の形で呼びかけて、楽しませて、その楽しさと知識を混ぜゴハンにして、知らずしらずのうちに味わわせて、美味しい、おかわりと言わせてしまう。
食わず嫌いな人たちに、ちょっとずつ科学の美味しさに気付かせていく。
それがボクがマンガでやっている事です。

ボクは高エネ機構で長く科学連載をしているので、科学の世界の方々が、そうした知識を社会に還元するために様々な取り組みをしていることを知っています。一般の人にもわかりやすく語れる方もいらっしゃいます。
けれど、多くの方が「世間の人々は科学を知りたがっているはずだ」というように誤解されているようにも思うのです。
学校の教室にいる子供は、必ずしも高い勉強意欲を持っているわけではありません。
イマイチその気になれない子も少なくないはずで、しかも学ばなくても困らないとなればなおさらです。

世間を相手にするというのは、そういうことなのです。
一般公開などで、こちらのフィールドに踏み込んできてくれたとしても、その多くは「楽しみに来た」だけです。
ディズニーランドに行って、いちいちアトラクションの裏方まで聞きたくないというのと同じ。
子豚を抱っこしてカワイイとは思っても、その子豚を育てるためにどんな工夫をしているかには、さほど興味は持っていない可能性のほうが高いのです。
施設を公開する側は、そうした裏方を知って欲しくてやっていても、世間は「そこまで聞きたくない」と思っているものなんです。
少なくとも、そうである可能性をちゃんと理解し、そういう相手をどうやって振り向かせるかを考えていないと、元々科学好きだった一部の人たちだけの反応しか出て来なくて、しかしそれを世間の反応と勘違いするといったことが起こりかねないのです。

こうしたことは、自分が漫画家であるだけでなく、広告企画者という顔も持っているから考えることです。
広告宣伝というのは、つまりCMタイムであり、トイレタイムなんですね。スポンサーはCMこそを見て欲しくてスポンサー料を払っているのだけど、消費者はそこは見たがらない。そういう場でどうやって見てもらうかに工夫を凝らすのが広告企画です。
広告企画では、アウェーであることは前提なんです。そこから逆転しなければ広告としては失敗なんです。

これと同じことを科学啓蒙に対して行う。
ボクがマンガでやっているのはそういうことで、自分がアウェーにいるのだという自覚は、とても重要なのです。
なぜなら、そこがアウェーではない読者は、マンガなどにしなくても科学の情報を受け止めてくれる人だからです。
マンガにしなければ受け止めない、ほっといたら通り過ぎてしまう人を引き込むためだからマンガである必然性があるのであって、広告や広報にマンガを使うというのは、常にアウェーであるはずなのです。
依頼者自身がそれに気付いていなくても、我々はそう考えて取り組む。
そうでない限り、成果を目指していない自己満足的なプロェクトで終わってしまうからです。

そしてマンガで成果を出していくには、マンガというものの特徴をしっかり理解していなくてはなりません。
イラストで解説するなど、わかりやすくするためにマンガを使う例は多く、プレゼンテーションなどの場でも、解説の図解やデータのグラフ表示など視覚的にアピールすることが多いものです。

ですが、実はそれらは必ずしも、そのほうがわかりやすいとは言えません。
ちゃんと一定量の文章を読んでもらうほうが、ずっと正しい理解につながるという例も決して少なくないのです。

しかし、ある量の文章を読んで理解しようとするというのは、そこに書かれていることに一定の興味がある場合だけです。
興味が持てず、なおかつ知らなくても当面困らない場合は、普通は面倒がって読んでくれません。
だからマンガやイラストなのです。

視覚的だから、見た瞬間にある程度のことを把握でき、要点だけを大雑把に理解しやすい。
これは言い換えれば、興味があるかどうか、学ぶ必要があるかどうかを判断するより早く見てしまっている、ということなんです。

街で誰かに「ちょっといいですか?」と声をかけられる。「急いでますので」と断ったり、あるいは無視して通り過ぎてしまえば、それ以上には発展しません。
けれど「なんですか?」と応じてしまうと、その件についてイエスであれノーであれ、多少なりとも相手との会話に発展します。
それと同じですね。視覚的に相手に飛び込んで無視させない。

つまりマンガは、わかりやすいのではなく「ひきこみやすい」あるいは「とっつきやすい」なのです。
わかりやすいと勘違いされるのは、文章ではそもそも無視されてしまうのが、マンガだと無視されにくいから、それを「マンガならわかりやすいんだ」と誤解しているだけなんですよ。

こうしたことをキチンと理解していると、マンガで広報を行うときに何を重視すべきかが見えてきます。

わかりやすく解説することには、決して向いているとは言えません。
マンガには絵やストーリーなど、本来ならノイズと言っていい部分がたくさん含まれています。
そうしたモノを交えながらしか語れないのだから、とても回りくどい。
解説手段としてだけ考えると効率的ではないんです。

マンガの仕事は「こちら側に引き込むこと」なのです。
教えるよりも、教わりたい状態を作りだすこと。そちらに注力すべきなんです。

これは、別な見方をすれば、それだけ解説以外の余分なモノと一緒にしなければ、一般人は科学を食べてくれないということでもあります。
だから効率良く伝えよう、説明しようなどと考えると失敗します。
固めれば1粒でしかない薬を飲ませるために、コップ数杯のドリンクが必要ということなのですから。
効率を考えて薬を固めてしまったら、もう飲んでくれないんですよ。
だって飲まなくても身体に支障はないと思ってますから。飲むわけがない。

そういうわけで、マンガというのは効率は決してよくない。
解説手段としても回りくどい。

けれど、これまで振り向いてくれなかった人々に、ほんの少しずつこちらの言葉を届けることができます。
ゼロをイチに変える。それができるんです。
普通の広報では、すでに「1」以上の人に10とか100を教えられるけれど、ゼロな人は振り向かない。
それを何とかできるというのがマンガならではの部分だと思っています。

ただ、この「少しずつ」というのが大事なところで、急いではいけないのです。
上手に薄めてあげて、ちょっとずつ身体を慣らしていくのです。
そうすれば、だんだんと濃いモノでも受け止めるようになります。

そして、ある段階まで行けば、その人にはもうマンガは必要ありません。
自ら進んで科学の話に耳を傾けるようになります。

これは科学ではなくて広告宣伝でも、政治でも、地域の課題でも同じですね。
ちょっとずつ、振り向いてくれる裾野を広げていく。そうすることで自然と山も高くなる。
マンガでの広報とは、そういうモノだと思っています。

ただし、ちょっとずつ長期連載すべきというわけではありません。

もちろん、そうしたやり方ができれば理想でしょうが、1回だけでも構わないと思います。
全く違うジャンルであっても構わない。
特にお子さんの場合は、1つだけであっても、気に入ってくれると何度も読み返し、その都度新しい気づきが生まれたりもします。

とにかくゼロがイチになる体験をさせていくことができれば、それが徐々に大きくなっていく。
理解者を増やしていく。そういうモノだと思うのです。

(以下、書名)

 

「うるの送信メール/その7」補足解説

 このメールでは、後日講演する内容を大ざっぱにまとめて記載している。

 当日は、この文章の要点を書き直したモノを、大きめの文字でプリントしておいて、演台の脇に置いておき、それをチラ見しながら、テキトーにアドリブを交えて喋った。
 持ち時間が1時間近くもあったんで、質疑応答タイムを省いても50分前後は間を持たせなきゃならなくてね。自分のノートPCも持ち込んで、作例をいくつか見せながら何とかやった。

 でもボク的には講演よりも、○○カフェとか、トークセッションとか、ワークショップとかね、そういうののほうがいいなぁ。

 壇上から一方的に喋るんじゃなくて、もっと会場の皆さんと語り合いながら、お互いに意見交換する感じのほうが建設的な気がするんだ。
 ボクだって持論を語ってるだけで、ボクの考えが唯一の正解でも何でもないんだから。
 お互いに学びあうほうがいい気がするのよ。

 あ、でも、意見交換は歓迎だけど、論破したがる人は嫌だなぁ。
 反対意見でもいったんは受け入れて検討してみるという姿勢がないと、ぶつかり合うだけで得るものがなくなっちゃうもんね。

 

(「依頼者との交流編07」へ→)

 


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