カソクキッズ16話:刻々と2マイクロ秒

2018年4月7日

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刻々と2マイクロ秒

 KEKでは年に1度、一般公開を行っている。大抵は毎年9月の第一日曜日
 まだ夏で暑いんだけど、そうだからこそ加速器実験も少ない(大量の電力を必要とするから電力不足が案じられる夏場には控えるんだ)から、この時期に一般公開するんだろうなぁ。

 で、その一般公開日には、ボクらも見学に行く。
 KEKを舞台にした漫画を描いているから、必要なら特別に見学させてもらうこともできるのだけど、お互いに忙しいし、研究の邪魔をするわけにもいかないから、いつでも見学できるわけじゃないんだよね。

 だから一般公開は、ボクらにとっても貴重な日なんだ。
 色々な施設を見学して、撮影したりもして、敷地内をうろうろするの。

 で、フォトンファクトリーという施設に入ったら、見慣れたお顔が。
 カソクキッズ保護者会のメンバーでもある山中博士が、来場者に説明しているではないですか。
 こりゃボクらも聞かなきゃ。
 というわけで、研究内容を聞いてみた。

「フォトンファクトリーでは、ミュオンっていう粒子を使って、様々な研究をしているんですよ~」

 ああ、ミュオンね~。ミュオンの恐怖、なんちゃって。
 確か、すっごく短い時間で消えちゃう粒子だよな。

「そう、2マイクロ秒の間に、ああなって、こうなって、そうなって、と、刻々と変化するんですよ」

 刻々?
 たった2マイクロ秒を「刻々」と表現するとは……。

「あ、それとワタシは考古学が専門なんですよね」

 ああ、物質に放射光を当てて、いつ頃の時代のモノか調べたりするんですね。

「そう、だから1億年くらいは、つい昨日みたいに感じちゃうの」

……2マイクロ秒が「刻々」で、1億年が「つい昨日」?
このヒトの時間感覚は、ど~なってんだ???

 山中博士は、いつも通りのノリのよさで、色々説明してくれた。
 すごい研究をいっぱい教えてくれた。

 でも「刻々と2マイクロ秒」、そして「つい昨日の1億年」のショックがスゴすぎて、他のことが記憶から吹っ飛んじゃったよ。
 科学者って、そういう感覚なのか?

 このすぐ後、山中博士は転勤でKEKを去ることになった。
 初期のカソクキッズに大きく貢献してくれたのが山中博士で、キッズたちのキャラクターを最初に把握して、ノリノリの案をくれたのも、山中博士だった。

 本当にありがとうございました。
 博士のことも、刻々と2マイクロ秒も、一生忘れません。

 どっちもインパクトすごかったもん。

 

実は2バージョンあるPF編

 このファーストシーズン16話で扱ったのは「フォトンファクトリー(以下PF)」という施設で、ここでは「放射光」という特別な光を使って、様々な物質や生命の仕組みなどを研究している(放射光についてはセカンドシーズンで改めて詳しく扱っている)。

 本編では、そういうことの簡単な紹介と、PFでの研究が元になってノーベル賞を受賞されたアダ・ヨナット博士の紹介が中心になってるのだけど、実はこのとき、もう1つのネタを組み込んでたんだ。

 PFと同じような研究や実験、解析などを行っている施設として「スプ◯ングエ◯ト」という施設がある。
 で、当時、そっちでも4コマ漫画をWEB展開してたんだ。

 それでコラボしようという企画が持ち上がった。
 先方にも打診して、イエスに近い反応だったと聞かされた。

 ボクは悪くないと思った。
 科学の世界がつながってる、力を合わせているというのを示せると思ったの。

 だからコラボ前提で、あっちのキャラをゲストに登場させて制作を進めていた。
 実際に仕上げた16話でフジモト博士が解説しているシーンの多くは、実はゲストキャラのシーンだったんだ。

 ところが……。

 作画もかなり進んでいたのに、土壇場でNGになっちゃったのだ。

 いや実際、正式なOKをもらう前にフライング気味で進めてたんで、ちょっと心配ではあったんだけど。
 でも、非公式な打診とはいえOKな手応えだったんで、まず大丈夫だろうとも思ってたんだけど。

 ネームを送って、しばらく待っても正式なOKが来ない。
 これ以上待ってると締め切りがヤバイからと作画を進めたけど、それでも返事が来ない。

 こりゃ危ないかも……と思い始め、ネームをちょっと直して、ゲストキャラが登場しない代案を考えようと思った頃に、案の定NGと決まったのだ。

 あのとき、研究者間、作者間ではOKだったと思うんだよなぁ。
 でも個人レベルでOKでも組織的にはダメ、ってことだったんだろうなぁ。
 いや、ボクは事情はよくわかってないんだけど。

 とにかく、この16話はそんなこともあって、最終的に2バージョン描かれたんだ。
 お蔵入りになったゲストバージョンと、実際に公開したバージョン。

 けど。

 結果的にはNGで正解だったとも思ってる。

 あのときは土壇場でひっくり返って大変だったけど、別の著者のキャラをゲストに招いていたら、後々の権利関係とかややこしくなったかもしれないもん。

 このPF編は、ウケが良くてね。
 このエピソードだけでまとめた特別冊子が、PF専用で作られたりもしたんだ。

 ゲストキャラを使っていたら、そういうわけにはいかなかっただろう。
 基本的なあらすじは一緒でも、他所の研究所の話になっちゃうからね。

 ボクにしても、出版などが自由にできなかった可能性はある。
 場合によっては、このエピソードだけ欠番にしなきゃならなかったかもしれないもんね。

 このときまでボクは、科学の世界ってのは知性と理性の世界で、個々の思惑や利権などとは無縁な清浄な世界だと思ってたんだ。
 でも、この経験で、科学の世界にも色々な思惑や、政治力や、欲望や利権があることを感じた。

 それは必ずしも悪いことじゃないし、科学者だって生身の人間なんだから、色々あって当然でもある。
 ボクはできるだけ生身の研究者を描こうとしてきたつもりだったけど、まだどこかで研究者を特別な人種に見てたんだろうなぁ。

 それと、KEKという組織の大きさも、まだピンと来てなかったんだと思う。
 いや、世界的な研究機関だってのはわかってたんだけど……。

 だってボクが連載してるんだぜ。
 自分が関われるものが、そこまでスゴイなんて実感が湧かないのよ(苦笑)。

 スタッフ同士でも、帰省して親に「ノーベル賞を受賞した研究を漫画にしてるんだよ」「宇宙の謎を解き明かすんだよ」なんて言ったら「疲れてるのね。布団を敷いたからもう寝なさい」と言われるだけだろうな〜って、よく話してたしな〜〜(笑)。

 

KEKのすごさを教えてくれたSF小説

 なお、ボクがKEKの凄さを本当に感じたのは、この半年後くらい。
 カナダの著名SF作家ロバート・J・ソウヤーが書いた小説『フラッシュ・フォワード(早川文庫)』を読んだときだ。

 『フラッシュ・フォワード』は、CERNの粒子加速器でヒッグス粒子を発見するための実験をしたら、何故か全世界の人間が意識を失っちゃって、しかも全員が20数年後の未来を数分間だけ垣間見てしまう、というストーリー。
 全人類が未来をほんのすこしだけ知ってしまうという未曾有の事件。それぞれが見た未来をパッチワークのように集めて、ビッグデータとして全体像を浮かび上がらせていくスリリングさや、未来を見なかった者=20数年後には死んでいる者が、自分が殺されることを知って犯人探しを始めるサスペンスなど、とても面白い小説なんだ。
 でもまぁ、今はそのへんは置いておこう。機会があったら是非読んでね。
 原作とはかなり違うけど実写連続ドラマにもなってるよ(ただしシーズン1だけで中途半端に打ち切られちゃってるけど)。

 で、この小説の中に、幾度かKEKが出てくるんだ。
 何せ全人類が数分間も意識を失ったわけだけから、そのときに車を運転してたなら事故になるし、飛行機も墜落してしまう。大惨事なんだ。なので、主人公たちはとまどう。

「本当に自分たちの実験のせいなのか? もしかしたらKEKのせいかもしれないじゃないか」

 ここを読んだときにね、うぉおおお! と。

 そうか、KEKは、海外の著名SF作家がネタにするほどの研究機関なのか!
 世界をひっくり返すような大事件の原因として利用できるほどの研究機関だと思われてるのか!
 KEK、マジすげぇえ!!

 ……と、こういう感じで、ようやくピンと来たのよ。
 SFのネタになってやっと実感したの。ボクらしいでしょ(笑)。

 KEKは、この小説のラスト近くにも出てくる。
 CERNでは、その後「タキオン・ターディオン・コライダー」という、超小型・超高性能な加速器を開発し、電子レンジくらいの大きさで実験ができるようになるという展開で、そうなると今まで使われていた加速器は不要になるので、KEKが買い取るということになってるんだ。
 何かにつけて引き合いに出されるKEK。やっぱすげぇトコなんだなぁと。

 ちなみに、作者のロバート・J・ソウヤーさんとは、直接の面識がある。
 この翌年の2011年春に川崎で開催されたSF大会「はるこん」のゲストとして来日されたときに、お会いしたんだ。
 一緒のチームでクイズ大会にも出たし、人工知能に関する講演も聴かせていただいた。
 そのときの講演内容は、その後、小説版イバライガーを執筆するときの参考にもなっている。
 (人工知能関係では、ソウヤーは『ターミナル・エクスペリメント』というSFを書いていて、これもすごく面白い)

 彼は加速器を題材にしたSFを書いているし、カナダの科学大使でもあったので、KEKにもご招待したかったんだけど、ちょうど311の直後だったから受け入れが難しくて、結局無実現しなかったのは残念だ。

 なんにしても、あのロバート・J・ソウヤーも注目する研究機関だっていうのは、SF好きのボクにとっては、すごい説得力だったのよ。
 KEKで、何度もすごい研究を学んで、ものすごい施設を見せてもらってきても、自分ごときが漫画連載してるんだからと、なかなか実感できなかったのに、ソウヤーが出てきたら一気に「本当にすげぇんだ!」になったの。いかんなぁ(笑)。

 


※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。

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