広告漫画家物語11:再起動のための雌伏

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渡りに船な新しい仕事場が見つかったけど……

 さて、かつて最大最強の敵だった男が有能な外部パートナーとなってくれたおかげで「漫画以外の仕事」には、光明が差してきた。

 頼り切っていればいいというモノではないけれど、とにかく今後はそこそこの受注量は確保していけそうで、これは事業全体を支える土台のようなモノ。
 それだけで楽にやっていけるわけでもないけど、最低限の収入を維持することができれば、落ち着いて色々チャレンジできる。

 そして建築会社社長に借りていたオフィスも引き払った。

 その建築会社が1年後に閉鎖されることが決まったんだ。
 会社を解散し、この場所はマンションとして売り払い、社長ご家族は悠々自適の隠居生活に移るらしい。
 元々資産家だったからなぁ。

 けど、今すぐ解散しても問題ないのに、これまで勤めてきた社員たちが次の勤め先を見つけるまでの猶予期間として1年を用意し、その間の給料も保証するっていうんだから大したもんだ。

 そんなわけでボクも、あと1年は無料で使わせていただけるのだけど、そもそも無料で借りているのは心苦しかったし、同社のホームページの面倒を見る代わりに貸してもらっていたわけだから、その会社がなくなるのなら本当にタダで借りてるだけになっちゃうでしょ。

 それで行き先を探したんだ。

 いざとなったら自宅でやればいいんだけど、ボクは仕事とプライベートを物理的に分けたいタイプなのよ。
 家族で過ごしたり、寝転がってDVD観たりするスペースと仕事のスペースが一緒だと落ち着かなくて、仕事しててもダラダラしちゃったり、ダラダラしてても仕事のことがチラついてしまうの。

 いつでもドコでも仕事できちゃうからこそ、ONとOFFを分ける、物理的に分けるっていうのは、かなり大事だと思ってるんだ。

 まぁ、ボクごときの低空飛行の段階で贅沢だとも思うから、いざとなったら自宅でいいんだけど、できればね、別な仕事場を確保していたかったんだ。

 で、このタイミングで都合よく、当てが見つかった。

 知り合いが制作会社を立ち上げることになり、相談役とかプロデューサーといった立場で来ないかと誘われたの。

 ……デジャブ。

 前に2回、同じような感じで声をかけられて、乗っかって、2回ともイタイ結果に終わっている。
 特に2回目は、ものすごくイタかった。

 その2回目のほうに、すごく似た状況。
 コレに応じたら、たぶん同じコトの繰り返しになるな。
 前と同じで序盤は上手く行くに違いないけど、やはり同じように途中でアカン状態になるだろうな。

 それでも、その申し出を受けた。
 同じ展開になることを予想した上で、ボクなりの成算を立ててやることにしたの。

 どんな成算かは、後で書くね。

 

取り締まれる社長になってみたが……

 この新しく生まれた制作会社は、ほとんどボクの会社のようなモンだった。

 立ち上げた本人は、ほとんど素人で、ようするにオーナーなんだ。実務は全くできない。
 つまりスポンサーというだけで、中身は丸ごとボクそのものなんだ。

 だからボクが社長になった。
 ただし1円も出資してないから、代表権のない社長だけどね。
 取締役じゃなくて取り締まられ役ってトコだ(ちなみにボクの名刺の肩書きには本当にそう書いた)。

 そういう場所で、ボクはボクのやりたいようにやらせてもらった。

 会社じゃなくてボクのビジョンで。
 ボクの言葉で。
 ボクのスタンスで。

 そうして数年後。

 オーナーとボクだけで始めた会社は、数名の社員を抱え、そこそこのお客も持つ会社に成長していたのだけど、社員たちはオーナーが知り合いを引っ張ってきただけの連中で、あんまり役に立っていなかった。
 頭数、雑用。そんなコトしかさせられなくて、人数が増えても事実上ボク一人でやってるようなモン。

 まぁ、これも前と同じだね。
 わかってない人、ただの仕事、ただの状況だと思ってる人たちってのは、そんなモンだ。
 オーナーにしてみても、資金があるからデザイン会社をやってみたかったというだけなのよ。

 元々、それなりの土地を持ってた人で、それをつくば万博のときに売り払ったりして、成金になった人。
 残った土地も不動産運用していて、テナントビルとかマンションをいくつも持っていて、ほっといてもそれなりのお金が入ってくるのよ。
 会社のビルも自社ビル。だから仕事も趣味みたいなモンなんだ。
 儲からなくても、あまり困らない。赤字でなければいいや。
 その程度なの。

 そういう意識だから、ボク以外の、オーナーが採用した社員は、オーナーにすり寄って甘い汁を吸いたいだけの人になっちゃうんだよな。
 ようするにタイコモチ。自分で何かしたいわけじゃなくて、誰かにしてもらいたい人たち。

 全部、最初の予想通りだった。

 それでもボクは一人でやっていたよ。
 そして社員たちにも、キチンと給料を払っていた。
 そういうことを4年ほどやった。

 これは社員やオーナーへの猶予期間であり、ボク自身のコネクションや地盤を固めるための期間だとも思っていた。
 今のうちにヤル気を出せよ。そうなってくれれば、それはそれでいいんだから。

 覚えが悪いとか、成長が遅いとか、そういうのなら我慢できる。
 誰だって最初は新人なんだ。お荷物で、いないほうがマシ。そういう時期がある。
 それをわかった上で雇うべきだと思っている。
 次の世代を育てていかないと、会社ってモノは続かないもん。

 今、実務バリバリの人は、その後は衰えていく。
 体力的にね。

 そうなる頃に世代交代して、次の人が実務を担うようになる。
 先輩はソレを年輪で支える。一方が濃くなり一方が薄くなるグラデーションのようになってる。
 そうやって、全体としては常に同じ濃度を維持し、できればさらに濃くなろうと目指す。

 ソレが会社だと思う。

 新人で薄い時代を先輩が補うから、自分が薄くなったときに補ってもらえる。
 そして実務をしながら培ったモノで、新しい何かを立ち上げたりもできる。

 その新しいものは最初は薄い。
 だけど、ソレもいつかは次世代が生まれて濃くなっていく。
 そうやって会社は成長していく。

 会社が大きくなれば、それだけ誰かの薄さをカバーしやすくなる。
 大勢でカバーできるから一人ひとりの負担を小さく出来る。
 ボクは会社をそういうモノだと思っているの。

 だから新人が未熟なことは当然だと思う。
 その面倒を見るのも。

 ただしそれは、新人が成長しようと努力している場合だ。
 誰かにおんぶしてもらえばいいと甘えてるだけの奴までカバーしてやる気はないの。

 なので猶予期間。
 それは、こっちが我慢できる期間であり、ボクがボクに必要なモノを蓄えるための期間なんだ。

 ボクが蓄えられたのと同じ程度に、他の社員も何かを蓄えてくれればOK。
 でも、そうでないときは……。

 で、結果から言えば、そうでなかった。

 

そろそろ、辞めどき……

 社員もオーナーも、4年間をダラダラと過ごしてしまった。
 ボクはそれを見て、こりゃアカンとあきらめた。

 それで、オーナーに直訴した。

 今後の給料は完全出来高制にしてくれ。やる気のない奴、稼いでいない奴には払うな。
 そうでないなら、ボクはもう付きあえない。

 これが事実上の三行半であることは、わかった上で言ったんだ。
 なんせ稼いでいるのはボクだけなんだから、完全出来高制にしたらボク以外は全員無給になっちゃうもんね。

 当然、拒否された。
 だから辞めることにした。
 やっぱりこうなったか、という気分だったなぁ。

 でも今回は慌てないし、落ち込みもしない。
 全て、この場所でやることを決めたときから考えていた思惑通りなんだから。

 スパっと辞めて、自宅近くにアパートを借り、そこを仕事場にした。

 仕事はこれまで通り、何も変わらない。
 お客はほとんど減っていない。会社にいたときに扱っていたお客は、ほぼ丸ごとボクの顧客になったから。

 オーナーは、ボクが辞めても、それまでに獲得した客を何とかしてやっていけると思っていたから、ボクが客を盗んだと文句を言ってきた。

 でも、それも甘いよ。

 ボクは今回、切られても困らないようにやってきたんだ。
 ていうかボクを切ると結果的にボクのほうが会社を切った形になる。
 そうなるために、キツイときも黙って一人でやっていたんだ。

 お客の引抜きなんかしてないよ。
 ボクは取引先の皆さんに、退職のご挨拶メールを送っただけ。
 そこまでは当然の対応だもんね。

 んで、そうしたらお客のほうがボクを追いかけてきてくれたってだけ。
 盗ったわけじゃないからね。お客が自主的にボクを追いかけちゃうんじゃ仕方ないでしょ。
 どうしても文句があるなら、お客に言ってくれ。
 ボクは誘ってないんだから。

 結局、オーナーはあきらめた。
 まぁ、諦めなかったとしてもどうにもならないんだけど。
 ボクが辞めたら実務能力ゼロになっちゃうのに、それに気付かないほどだったわけだから。

 オーナーは、しばらく自分が社長になって会社を続けていたけど、残っていた社員たちは徐々に辞めていき、1年持たずに会社は消えた。

 その後、自動車販売の会社をやってみたり、また全然別な会社にしてみたり、落ち着かないことをやっていたようだけど、最終的にはテナントオーナーに徹することにしたようだ。

 

後日談と現在まで

 この会社が解散した直後くらいの頃に、かつての社員の一人と近くのお店で出くわしたことがある。
 ボクが辞めるときには「アンタの仕事くらい自分でできる」と言い張っていた奴だ。

 なら、やってみろ。
 ずっと前に、ビデオ会社社長に言ったのと同じ言葉を返した。

 ソイツがボクを見かけて、歩み寄ってきたんだ。
 明らかにゴマすりの笑顔を浮かべてね。

「あの……あのときはどうも……」

 そこまでしか言わせなかった。
 ボクはソイツに気付かなかったフリをして、黙ってその場を立ち去った。

 やってみてわかっただろ。やれないことがわかっただろ。
 それがわかったところからがスタートだ。やれないことに向きあって、やれるようになろうとするのが仕事ってモンだ。
 ゴマすりなんざ、どうでもいい。お前がやれるようになるか、やろうと努力し続けていれば、どこかで再会するだろ。
 ボクがかつてのライバルに再会したように。
 そのときまで踏ん張ったら認めてやるよ。
 でも、今はまだ出会う段階じゃねぇよ。

 そういうわけで、ボクは再独立した。

 今度こそ自分の名義で。
 最初から、それなりのお客も持ったままで。

 え、先の会社でも自分だけでやってたのなら、最初からそうしたほうがよかったんじゃないかって?

 うん、そうなんだけどね、あのときは仕事場を借りるお金なかったし、仮に自宅でやるにしても、仕事に使うパソコンとかソフトも買えなかったのよ。

 だから利用させてもらったんだ。したたかにね。

 都合よく利用して都合よく捨てたつもりはないよ。
 そういうことにならずに済めばいいなぁと思っていたよ。
 仲間と一緒に、汗水流して頑張れたほうがいいと思ってた。

 社長を引き受けたのも、世話になる以上、相手の希望も飲んであげなきゃと思ったからで、社長業をやりたかったわけじゃない。
 ボクは現場が好きなんだ。できれば社長とかの経営関係は、経営が好きな人にやってもらいたいよ。

 でもボクが汗をかいても自分はかきたくないっていう人ばかりじゃ、どうしようもない。

 ボクは、この数年で十分以上の収益を会社に手渡してきたんだから。
 100万円もらって当然のときでも30万で我慢して、みんなに分配してきたんだから。
 一度だって赤字にしたことはない。

 オーナーの期待にはきっちり応えたつもりだ。
 後は知らないよ。そういう猶予期間をダラダラ過ごしちゃったアンタたちの負けだ。
 そして、この独立から本格的な広告漫画の仕事が始まった感じなんだ。

 今もボクは、このときに独立して立ち上げた事務所で仕事をしている。

 トキワ荘ほどじゃないけど、ま、安アパートの一角。
 お金は、今もあんまりない。

 でもね、ボクはこれまでず~っと同じことをやってきたけど、同じ場所には数年もいられないことばっかりだった。
 すぐに壊れる。その繰り返しだった。

 けど、今の事務所は10年以上続いている。
 誰かに助けてもらいたいと思ってたときには続かなかったことが、自分で全部やる覚悟を決めたら、続くようになった。

 続いただけで成功したわけじゃない。

 けど、いいんだ。
 挫けないでやってこれた。
 それだけで大きいんだ。

 一度は絶望して全部を捨てようとさえ思っていたんだから。
 アレを思えば「やりたいコト」をメインにしたままで続けてこられただけでも、ボク的には成功なのよ。
 これで満足ってわけじゃないけど、それでも10年。
 しかも、まだまだ続けられそうだ。

 自分でやりなさい。

 そう言われた通りに、ボクは自分でやっている。
 自分でやっているから、いいことも悪いことも受け入れられる。

 後は、いつまでやれるかだよね。

 死ぬまでやれるといいなぁ。

 

(「広告漫画家物語12」につづく→)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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