小説イバライガー第11~12話/筆者コメンタリー

2018年2月23日

 小説イバライガーの11~12話に関する筆者コメンタリーだよ。
 この11~12話は息抜き的なエピソードなんだけど、それでも今後に関わる大事なことを密かに盛り込んでいる。特にミニライガーたちが元気に動き回るシーンは描きたかった。ハードバージョンでやってるのと人間たちなどキャラが増えてるせいもあって、ミニライガーの出番が少なくなりがちなんで、そういうシーンを入れておきたかったんだよね。

スポンサーリンク

11話-1/ガンシップから飛び降りたユパ様が……

いやまぁ、何のアニメでも(アニメじゃなくても)よかったんだけど、オタクじゃない読者の方でも観ている可能性が高いネタのほうが無難だよなぁと思って。この後の「怖くない」のネタをやるためじゃなくて、ここでたまたまナウシカを出したから即興でネタもやったというのが実際なの。つまり「怖くない」は作者じゃなくてキャラ(役者)のアドリブ。そういうのって本当にあるのよ。特にボクは多いんだ。

11話-2/子犬=ねぎ

この名前は、以前にイバライガーショーでMCのお姉さんをやってくれていた方のニックネームを拝借した。なお、チョコレートなども犬にあげてはいけません。

11話-3/ポジティブにもまた、同様の力が……

このへんは数年前に『エモーション』を設定しようとした時点ですぐ気づいて、そのまま引っ掛かったまま放置していて、本当に執筆を開始すると決めてから、アレコレ見えてきた部分でもある。
変貌してジャークになるか、それとも……。同じ力のネガとポジだから、ポジのほうだって……。と、まぁ、そういうことに後から気づいてしまって、アレコレ考えていって、最終的に感情エネルギーはイバライガーの力の源というだけのものではなくなってしまった。

11話-4/万物はすべてエネルギー

ボクは『他の仕事』の関係で高エネルギー物理学、素粒子物理学を学んでいる。まぁ、どんなに学んでもあまりわかってないのだが、それでも日常の暮らしでは意識しない、それでいて興味深い「モノゴトの捉え方」があることを知った。
物質の根源を探っていくと素粒子に行き着く。アップ、ダウンといった「クォーク」などだ。それが陽子や中性子を形成し、その陽子や中性子が集まって原子核が作られ、そこに電子が加わって原子になる。これらは全部「物質」だ。アニメやSFには「プロトン(陽子)砲」とか「イオン砲」とか「ポジトロン(陽電子)砲」とか「メガ粒子砲」などが出てきて、派手にエネルギーをぶつけている(メガ粒子は何の粒子なのかわからんけど)が、あのビームだって、ボクらの身体を構成している「物質」と全く同じもの。
実体のないビームと同じものが集まって、実体のある全てのモノができているのである。理屈はわかっても、なんでやねん?と思っちゃうんだよなぁ。

11話-5/生命の在り方が違う

意思を持つエネルギーって「ゲッター線」とか「イデ」みたいで、SFでは割とある設定なのだけど、ボクがイメージするのは、ちょっと違う。意思というよりも感情そのものって感じでイメージしている。
一般的な生物の概念は人間の視点から見たものだ。人間の身体を細胞、タンパク質、分子、原子、原子核……と、どんどん拡大していくと、まるで宇宙のように感じられてくる。ミクロ・コスモスというヤツで、素粒子スケールで見れば、分子間、原子間の距離は膨大で、宇宙空間と変わらないスッカスカになるのだ。
ならば、我々の観測ではエネルギーにしか見えないものも、もっと大きなスケールで捉えれば、実は巨大なナニカなのかもしれない。銀河や銀河団のスケールでつながるシナプス。巨大なだけに思考が伝達されるまでに何光年もかかる。そういうタイムスケールで活動している超巨大な思考体。スケールが違いすぎて我々には意識体として認識することすらできない。モノの捉え方も我々とは根本的に違うはずで……。
ボクはそんなことを空想した。
イバライガーを考えていると、既存の形ではない様々な生命の形を想像してしまうんだ。

11話-6/自ら体験し、心に刻んでいくことで、未来は変わっていく

親が一所懸命育てても、親の期待通りの子供になるわけではない。ボクだって親が思い描いていたムスコとはまるで違う生き方をしているし、ボクの娘もそうだ。
それでも人は子を生み、育てる。トンデモない時間と労力と愛情を注ぎ込んで。時には自分すら捨てて。
生物の本能だから? でも子供が欲しいと思ったのは親自身だし、その子を愛おしいとも感じている。それは本能とやらに操られた結果に過ぎないのか? ボクが自分の意思だと思っているものは、単なる思い込み?
そうじゃないとボクは思いたい。愛は幻想じゃないと。それを単純な感情論で片づけたくもない。
この物語は、その答えを探す旅だ。ボクなりの答えを。

11話-7/剣のような三日月

すいません、好きなんですガリアン(笑)。

11話-8/自由落下

いくら高くジャンプしたって言っても、数万メートルも飛んでるわけじゃないから「自由落下で無重力」というほどじゃないんだけど、ま、ここは気分はそうだってことで。
なお、自由落下で無重力というのは、実際には落下中のことじゃない。宇宙飛行士の訓練などで行われるパラボリック・フライトでは上昇中、水平、下降の半分くらいまでが無重力状態になるのだ。

11話-9/こうやって外に出て遊ばね~とな

ミニライガーの出番はちょっと少なめになってるので、子供たちが楽しく伸び伸びとしているところをどこかで書きたかったんだ。この後、ミニライガーたちはしばらく眠っちゃうしね。
元気に駆け回る子供は大好き。その相手をするのはすげぇ大変で、できれば逃げ出したいんだけど、でも眺めているのは好き。勝手な言い分だけどさ。
ちなみに、このシーンの舞台になっている場所周辺は、つくばの「ロボット特区」になっているエリア。だからミニライガーが遊んでいてもいいのだ(いや別にそれを意識したわけじゃないんだけど)。

11話-10/子分にするんじゃなくて『仲間』になりたい

書いているときには気づかなかったけど、この言い分って「銀河英雄伝説」のビッコック提督が最後にラインハルトに語った言葉と一緒だな。やっぱ影響受けてるんだなぁ。

11話-11/ねぎが咆哮する。まるでイバライガーのように

とうとう出現、変身するイバライガー(ただし犬)。そうなんです、ポジティブのエモーションだって生体を変貌させるんです。今まで味方にそういう例は出てなかったけど。
だって、そうでないと……

11話-12/時空ぅっ! 雷っ撃ぃ拳んんんっ!!

ミニブラもブラックと同じ技を持っているのだ。子供だから劣化版だけど。ステージショーで披露したミニブラックが「ほぼブラック」へと成長するエピソードでは、仲間を守るために弱った身体で時空雷撃拳を放って力尽きてしまうシーンを演じてもらっている。
子供向けのステージショーでは、色々な設定などは端折っているけれど、基本的には本作とショーがリンクするようにしているんだ(少なくともボクがシナリオ担当してる時は)。

11話-13/だから、オレはもうちょっとココにいる

最初は、前回のエピソードだけでミニブラックはブラックの元に帰る予定だったんだけど、いつの間にか変わってしまった。キャラがそう主張するんだから仕方ない。
だけどミニブラが居座るとなると、先々登場する「ミニガール」の設定にも影響するなぁ。どうしようかなぁ。
(小説版ではイバライガーたちを兄弟のようには描写してないのだけど、ミニブラとミニガールの関係はショーと同じにお兄ちゃんで妹萌えな感じを出したいんだよね~)

11話-14/ブラックの背中に呼びかけた

目線を合わせず、それぞれ別なものを見ながら背中で語る相容れない二人……みたいなシーンは好き。

11話-15/お前のエキスポ・ダイナモは『第2段階』になった

意思があって、第2段階って……うわ、今度はゴーショーグン?ビムラーかよ? って思う人もいるかも。いや、パロディ小説やってるわけじゃない(と思う)んで、アレとは違いますけど……あ、ちょっと似てるか。
でもエネルギーそのものが第2段階ってわけじゃないです。変わっていくのはR自身。変わるというより思い出していく、元に戻っていく……。

 


※以下、第12話コメンタリー

12話-1/ジャークなんか……やめてやるっ!

「ジャークなんかやめてやる」は、イバライガーショーで人気のエピソードだ。子供にもわかりやすい展開で、大人も感情移入しやすく、アツくなれる。ボクも好きなシナリオで、これをアレンジして、ミニブラックを主演に「お母さんの元に帰りたいジャークのためにミニブラが命を張る母の日スペシャル」というシナリオを書いてしまった(個人的には「母の日スペシャル」のつもりで書いたけど、実演したのは6月だったので、母の日の設定は端折って演じられた)。
今回は、そのノベルバージョンのつもりだったんだけど、ノベルの世界観だと、ああいう展開にしにくくて、だいぶ違うものになってしまった。
ショーでは真人間に戻った戦闘員が「じゃあな~~」って帰っていくんだけど、現実の事件だったら、そういうわけにはいかないだろうなぁ、と。
戦闘員は基本的に「被害者」なので、犯罪者として扱われるわけではないけれど、それでも非常時だから、人権ばかりを尊重してもらえないような気がするしなぁ。

12話-2/Aパート冒頭

このイマジネーション・ノベルは以前に冊子版で一部のファン向けに配布&販売していたのだけど、この冒頭のミニライガーたちが眠りにつくシーンは冊子版にはない。その後の展開も、色々と変わっている。
この後の13~16話が序盤の山場で、9話あたりからは16話のクライマックスにたどり着くために色々と仕込みをやっていくエピソードだったんだけど、その仕込みが足りない、矛盾がある、いまいち納得できないと感じていたので、電子版を出すにあたって、この辺りから改稿していくことにしたんだ。
いや個人的にはね「多少の矛盾なんか知ったことか、面白ければどうでもいい!」という考え方なんだけど、仕込みが足りないと見せたいシーンが盛り上がらないのよ。自分が描きたかったシーンのテンションが、自分が思っていたものより低いってのは嫌なんだ。それで16話まで一度書き上げた後に、このエピソードまで戻って色々と調整し直すことにしたの。
なお、最近のステージショーではミニたちもバリバリ戦っているのだが、本作ではミニライガーの戦闘シーンはかなり少ない。ステージショーは生モノだから、その日ごとのキャスティング手配の都合などもあってミニライガーの出番が多くなる(ちっちゃいのが一所懸命アクションしているのを観るのは、それはそれで素敵だしね)のだけど、小説ではそういう問題はないから、元々の設定=イバライガーにエネルギーを補給したりするサポート機に基づいて登場してもらっている。
ただしミニブラック、ミニR、ミニガールは「特別仕様」なので、ちょっと違ってくるんだけど。

12話-3/呼っばれてなくてもぉ、じゃじゃじゃじゃ~~~ん

これもショーでお馴染のセリフ。イバライガーショーを観たことある方は「あの声」を思い出しながら、お読みください(笑)。
実際、戦闘員って落ち着かないよねぇ。いっつもユラユラしてて、とにかく挙動不審だよねぇ。あの雰囲気をどうやって小説に取り込むか色々悩んで、結局そのまんまに描写することにした。
ギャグじゃないんですよ、ジャークになってるときは、この程度の思考力しかないんです。アブナイ薬みたいなモノ。例え冗談でも、そういうモノに手出ししちゃダメですよ!

12話-4/ルメージョの策謀

ステージショーに基づいて描いていこうと思っていたんだけど、こういうことをルメージョが見過ごすはずがなくて、物語は想定外の方向に。作者なんて非力なもんだなぁ。

12話-5/加工された過去。それが記憶

現実に過去を改変することはできない以上、過去とは記憶(記録)だと考えてもいいと思う。その記憶が曖昧で揺らいでいるのだから、我々は微妙に過去を改変しながら生きているようなものなのかもしれない。
こうした「偽記憶」は実際にあって、アメリカなどでは子供が、親に虐待されていたなどの偽記憶を信じ込んで親を訴えるなどの例もあるらしい。事実ではないことを「思い出してしまう」のだそうだ。愛情込めて育てた子に「本当は虐待していたはずだ」なんて言われるのは、あまりにもキツイよなぁ。
ボク自身も、覚えがある。とある実在の人をモデルに漫画を描いたとき、漫画の中の言動をご本人自身が実際に言ったことのように思い込む逆転現象があったんだ。本人をモデルにして、しかも実名で登場してもらってはいたけど、漫画のセリフは全部ボクが創作したこと。それでも自分の言葉と感じちゃったらしい。作者としては光栄なんだけど(笑)。
いずれにしても記憶とは、非常に曖昧だ。雑談程度ならともかく、公式発言では記憶や印象だけに基づいて喋ったりしないように気をつけたいよねぇ。

12話-6/イバライガーブラックと会ったことはないはず

会ったことはないけれど、会っている。少なくともブラックはそれを覚えている。でも未来の記憶を持っているブラックはともかく、ルメージョは知らない。それでもブラックを特別に感じる。それはナツミのせいなのだ。ナツミもブラック自体は知らないけれど、それでも知っているのだ。ワカナは気づいていない『ブラック』を。

12話-7/ジャークの伝統的な体操を……

ステージショーでお馴染のジャーク体操、意外とちゃんと体操になってるんだよね。小さい子でも覚えやすいし。
なお、この後の勇気を取り戻す戦闘員のシーンは、ショーでも泣ける名場面。何回観てもウルウルするんだ。いくつかバージョンがあるんだけど、ボクのお気に入りは「亡くなったおばあちゃんの形見が人の心を取り戻させる展開」のバージョン。勇気を振り絞る戦闘員もいいけど、思い出を守るために必死になるイバライガーたちが、素晴らしくカッコ良くてねぇ。イバライガーショー、ぜひ一度観て欲しいなぁ。

12話-8/街灯など、どこにもない川沿い

想定した場所は、つくば市郊外。研究学園駅と万博記念公園駅の間くらいの場所。つくば市は学園都市として知られているけれど、ほんのちょっと郊外になれば思いっきり田舎町なのだ。道路の真ん中にキジがいてさ、しかも逃げないの。クルマでゆっくりと近付いたら「ちっ、仕方ねぇなぁ」って感じでどいてくれたけど。
なお、執筆時にイメージした工事中の道路は「圏央道」だったんだけど、すでに開通してしまったので、電子版では「高速道路」だった部分を、単に「道路」に変えてある。

12話-9/まるでゾンビの群れ

ボクは「死霊の盆踊り」もしっかり観た。「エド・ウッド」も観た。ロメロの作品なんか何百回観たかわからない。バイオハザードでも「這いずるゾンビ」は怖い。動きは鈍いけど、怖い。ここでは、そういうシーンをイメージしながら書いていた。
ちなみに、いつもショーに出てくる戦闘員(カヤヌマ)は十分にバカっぽくて挙動不審だけど、それに輪をかけてスゴイのもいる。「先輩」や「ジャークガール」だ。特にジャークガールは……生で見ちゃうと一生忘れられないほどの不審な動きを見せてくれる。その手の「特にヘンな戦闘員」の登場はけっこうレアなんだけど、ボクはけっこう見てしまっている。イヤな縁だなぁ(笑)。

12話-10/うるせぇ! 来るなら来やがれ!!

「正しいというだけでは選べないこともある」と言い放ったのは『マップス(長谷川裕一)』のゲンくんだったっけ? 
そうなんだよなぁ、正しいってだけじゃ選べないんだよ。やっぱり選びたいものしか選べないんだ。
だから意地でも自分が選んだ道を正しくしてやるっ!と思って生きてるわけだけど、それは自分だけの思い込みでもあるんだ。なんせ、合理的でない道を、それと知った上で選んで、力と工夫と努力で結果的に正しかったことに変えていくってコトなんだから、合理的なほうを選びたかった人には関係ない。
そんなわけで、あまり他人を巻き込みたくはない。ないんだけど、生きてるうちに仲間が増えて、その仲間を巻き込まないためにも、ますます負けられない戦いになっていくんだよなぁ。人生って大変だなぁ、ふぅ。

オマケの付記

気付いてると思うけど、この「小説版イバライガー」シリーズのブログ公開版では、あまり文字にボールドをかけたり大きくしたりといったことをやっていない。そういうのを仕掛けて「ほらほら見せ場だよ」的な演出をしたくなかったのだ。
ボールドは、読んでくださる皆さんの中にある。
それぞれ好きな部分に心の中でボールドかけて読んでいただければいいのだ。それが小説ってもんだと思うしね。

 

……というわけで、ようやく12話まで終わった。
この次の13話から16話は序盤のクライマックスになる。量産型イバライガーの登場、ジャークの総攻撃、初代イバライガーの復活……と、見せ場もいっぱいなので、どぞ、お楽しみに~~(笑)

 


※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。

うるの拓也の電子書籍シリーズ各巻好評発売中!(詳しくはプロモサイトで!!)