小説版イバライガー/第10話:犬とわたしの10の約束(前半)

2018年2月13日

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OP(アバンオープニング)

 雨の中を、子犬が歩いていた。
 ゴールデン・レトリバーの雑種。まだ四肢はむくむくとしていて、生後数カ月といったところだ。

 ひとりぼっちだった。

 ついさっきまでは、母犬や飼い主の少女と一緒だった。
 ほんのちょっと目を離した隙にはぐれてしまったのだ。

 必死に探した。匂いをたどった。

 道路の向こうに、飼い主と母犬が見えた。母犬が吠えた。
 少女は抑えようとしたが、いくらリードを引っ張っても、本気を出した大型犬を押え込めるわけがなかった。
 母犬は駆け出した。迎えに来てくれた。子犬はうれしくなった。母犬に向かって駆けた。ニンゲンの声が聞えたが、止まれなかった。
 そこに黒いモノが飛び込んできた。ぶつかる、よけられない。

 気づくと、母犬が倒れていた。黒いモノはいなくなっている。周囲にニンゲンが集まっている。少女が泣いている。
 子犬は起き上がって、母犬の顔を舐めた。いつもなら、くすぐったそうに舐め返してくれるが、動かない。
 しばらく舐めていて、突然悟った。母犬が永遠に動かなくなったことを。

 怖くなって駆け出した。
 そして、いつの間にか、ここにいた。
 いつの間にか夜になって、いつの間にか雨が降っていた。

 座り込んだ。もう動けない。

 子犬は色々なことを思い出した。オカアサンのニオイ。オッパイ。いなくなった兄弟。抱きしめてくれた少女。
 オカアサンは動かなくなった。兄弟は連れていかれた。少女は泣いている。楽しかったモノは全部なくなった。あの黒いモノが持っていってしまった。

 子犬は、どうしていいかわからなかった。
 寒い。でも暖かいオカアサンはいない。
 オカアサンガ、シンダ。コロサレタ。ボクモ、コロサレル。

 小さな光が見えた。
 ふらふらと、こちらに近付いてくる。
 光が話しかけてきた。

 憎いんだろ、ニンゲンが。

 わからない。でも、あの黒いモノは怖い。キライだ。

 憎いんだ、ニンゲンが。

 憎いってどういうこと?

 お前の好きなものを奪うのがニンゲンなんだ。それは嫌だろう?

 うん、オカアサンを返してほしい。

 ダメだ、もう奪われてしまった。帰ってこない。

 嫌だ。返して。

 嫌な気持ちが憎いってコトだ。憎いだろう。

 うん、憎い。ニンゲンが憎いよ。

 なら、オレを飲み込め。憎い奴等に復讐してやろう。

 フクシュウ?

 そうだ、復讐するんだ。オカアサンのために。

 フクシュウすればオカアサンは死なない?

 そうだ。

 フクシュウすれば黒いモノはいなくなる?

 そうだ。

 フクシュウすれば少女は泣かない?

 そうだ。

 子犬は、光を鼻先でつついた。
 ちょっと違うけど、オカアサンの匂いかもしれない。

 飲み込んだ。

 また一緒だね。
 一緒にフクシュウしようね。

 

Aパート

 ワカナは、Rの拳に巻き付けた包帯をほどいた。
 砕けていた拳が、ようやく修復されたようだったからだ。

 イバライガーたちは、自己修復できる。包帯に意味はない。それでもワカナは包帯を巻いた。
 Rたちを人間として扱いたかった。彼らを人間として扱うことで、あの恐ろしい光景を忘れたかった。

 なぜ、あんなことになったのか、Rにもよく分からないらしかった。
 だが、ブラックがあれほどの破壊力を手に入れたことだけは確かだ。

「ありがとう。包帯からもワカナの心を感じた。おかげで早く回復できたように思う」
「そう? 何も出来なかったけど……でも手当てって言うしね。手を当てるだけでも、助けになるのかもね」
「ああ、私たちは感情……エモーション・ポジティブそのものをエネルギーとしているから、それはよくわかる。人間たちが『気』と呼んでいるものは本当にあるんだ。ただ、それは弱すぎて、普通は何の影響も及ぼさない」
「気功治療とかいうのも、大半はインチキだもんねぇ」
「実在するが、実用はできない。私たちがエモーションの力を使えるのは『エキスポ・ダイナモ=感情エネルギー変換システム』のおかげなんだ」

 話を切り上げるように、Rは立ち上がった。
「屋上でシンが待っているんだ。拳が復活した以上、訓練を再開しないと。ジャークもブラックも力をつけている。私たちも、より強くならなくては」

 Rが部屋を出ていった。
 ブラックに破れて拳を砕かれたとはいえ、落ち込んでいるようには見えない。
 どれほどの強敵だろうと立ち向かおうとする意思もある。
 Rらしさは1ミリも失われていない。それはいいことだ。

 けれどワカナは不安だった。

 確かに力は必要だ。だけどブラックのあれは……あれは危険すぎる。
 Rたちにも同じ力が眠っているとしても、それが目覚めたら……あれほどの力でぶつかりあったら、世界そのものが壊れてしまうのではないのか?

 


 基地として使っている地下室から『本来の地下1階』に出て、エレベータで一気に上がると、屋上に出られる。
 もちろん誰かに見つかる危険はあるが、こそこそするより堂々としていたほうが気づかれないもので、マーゴンも普通の顔してコンビニやゲーセンに出掛けたりしている。
 いくら何でも堂々としすぎているとも思うが、TDFも薄々感づきながらも黙認している状態だから、最近は手配書もあまり出回っておらず、それならばと半ば開き直っているのだ。

 もちろん、イバライガーたちがエレベータに乗るわけにはいかない。さすがにヒューマロイドと一般人が出くわしたら目立ちすぎる。
 地下には、エレベータの坑道内に入れるメンテナンス用のドアがあり、イバライガーはそこを使って屋上に出て、そこからビルの上などの目立たない場所を移動して出動しているのだ。

 屋上は特に使われていない。
 周囲にそこより高いビルはなく、見下ろされる危険もないが、そこそこの広さもあるため、訓練や日光浴、ときには洗濯物を干したりもしている。

 今日は、シンの組み手につきあう約束だった。

 汗のしぶきが飛ぶ。シンが打ち込んでくる。かわす。連続蹴り。全て払いのける。虚をついて踏み込み、手刀を打ち込む。
 以前のシンならここで終わりだったが、とっさに回転してかわした。よける動作を、そのまま回し蹴りにつないでくる。それを空振りさせて、分かれた。
 シンが息をついて、汗をぬぐっている。

「だいぶ強くなったじゃないか。その動きなら、ジャーク・ゴーストの攻撃も、かなり凌げるかもしれないぞ」
「それでもワカナには負ける」
「彼女はもともとセンスがいいみたいだな。戦闘訓練は滅多にしないが、ダンスやスポーツで動きを磨いている。ときどきガールやミニライガーたちと踊ってるよ」

 知っている。シンも一度つきあわされた。
 ダンスのセンスはないようで、マーゴンにまで笑われた。それ以来、参加を拒否している。

「まぁ、いいさ。シンには私がつきあう」
「ブラックにも負ける」
「シン、それは……」
「わかってる。人間の力で、イバライガーに対抗できるわけがないからな。だけど、オレ個人はともかく、オレたちはブラックを止めなきゃならないんだ。あの力を、使わせるわけにはいかない……」
「ミニライガーブラックとのシンクロか……」

 Rやガールも、シンクロすることはある。だが、それはお互いの思考を見せあうといったものに過ぎない。相手のデータや視野にアクセスしているだけだ。
 完全にシンクロして、お互いの心が1つのものになるのは無理だ。

 それは人間も同じだ。どんなに心を通じ合わせても、違う個体は違う個体だ。
 愛情や信頼によって、お互いの気持ちが読めるということはあるが、本当に1つになれるわけではない。
 どんなに長く連れ添った夫婦でも、見えない部分は必ずある。
 それがあるからこそ、惹かれあい、つながっていけるとも言える。

 だが、自分がもう一人いたら。

 完全に別の個体でありながら、自分と同じ者。本当に1つになれる相手。
 ブラックとミニブラックは、それだった。

 ミニライガーブラックは、初代とミニライガーたちの関係とは全く違う。
 Rとブラックも元々は1つのはずだが、それとも違う。
 二人は人格が2つに分裂したようなものだ。主義も主張も違う。
 元々は同じでも、今はむしろ相反する存在と言っていい。

 ミニブラックは、ブラックが自らのコアを分け与えて生み出した、ブラック自身の第二世代……『もう一人のイバライガーブラック』なのだ。

 だからこそ、完全に近いシンクロが可能になる。ミニブラック自身の感情をダイレクトに上乗せできる。
 単なる足し算ではない。波と波が干渉しあって波高を高くするように、通常の数十倍にも跳ね上がるのだろう。

 恐らく極めて短い時間だけのはずだ。己の耐久限界を遥かに上回るような、巨大すぎる力のはずだ。
 使いすぎれば、ブラックもミニブラックも砕け散るに違いない。気軽に出せるような力ではない。諸刃の剣と言ってもいい。

 それでも、それができるというだけで、恐るべき脅威だった。

 今のところ、誰も対抗しようがない。
 Rとガール、あるいはミニライガーたちが、どんなに心をつないでも、ブラックとミニブラックにはなれないのだ。

 


「私も……ブラックと同じことをすべきだと思うか、シン?」
 Rが問い掛けた。

 そう。Rやガールも、同じことができるかもしれない。
 ミニライガーRやミニガールを生み出せるのかもしれない。だが、それは……。

「……いや、他の方法を考えよう。あの力は、危険すぎる。そもそもコアを取り出すこと自体、自殺行為に近い賭けなんだろ? お前たちを失うかもしれない賭けはできねぇよ。ワカナも心配しているしな」
「そう……だな。それに今の私たちでは、失敗する可能性のほうが高いとも思う。ブラックがやれたのは、恐らく『記憶』があるからだ。つまり、あの力の実例を知っているんだと思うんだ。だからやれた」
「未来の記憶……か……」

 シンは空を見上げた。あの果てに未来があるのか。
 それはイバライガーたちにとっては過去であり、現代は彼らにとっての未来だ。頭が混乱してくる。

「シン!!」
 Rが呼びかけた。センサーに手を当てている。
 そんなことしなくてもいいのだが、どうやらクセのようだ。だが、センサーが反応したということは……。

 気配を感じた。誰か上がってくる。
 Rは隠れようとしない。身内ということだ。

「シン! R!!」
 マーゴンだった。
「大変だ! 街なかで犬が暴れているって!!」
「い、犬?」
「うん、犬のジャーク! そんで、その犬と一緒にミニブラックが……!!」

(後半へつづく→)

 


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