タイムパラドックス問題について考えてみる

2018年1月15日

 最初に弁解。

 このコラムは、小説版イバライガーの付録として収録している「作者コメンタリー」の再録用改訂版なんだけど、以前に書いた「未来からやってくる……とは??」と重複している部分がかなりあるんだ。

 なので、再録しなくてもいいかな~とも思ったんだけど、微妙に違う部分もあるし、これはこれで披露しておきたいと思ったので掲載することにしたの。
 過去ログとカブってる部分は多いけど、それだけじゃないので勘弁してね(笑)。

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「今」とは「過去」の積み重ね

 時空戦士イバライガーは、未来からやってきたヒューマロイド(人型ロボット)だ。

 つまり、この作品はタイムトラベルものなんだけど、タイムトラベルというのは、とても扱いが難しい題材だ。

 物事は原因があって結果が起こるのだけど、タイムトラベルというのは、その原因と結果をひっくり返してしまう。
 卵を落としたらから割れた、ではなく、割れたから卵を落とした、になっちゃうの。
 ようするに、つじつまが合わなくなるんだ。

 これをタイムパラドックスという。

 有名なのは「親殺しのパラドックス」というやつ。
 ある人が時間を遡って、自分が生まれる前の親を殺したとする。
 すると、その人は生まれてこないことになるから、過去に戻って親を殺すことはできなくなる。
 だから親は殺されずに、その人を生み、生まれた人は時間を遡って……と、堂々巡りになっちゃうのだ。

 こうした問題は、当然イバライガーにもある。

 イバライガーが過去の世界(つまり現代)で活躍し、悪の組織ジャークを倒せたとしたら「イバライガーが生まれた未来世界=ジャークによって汚染された世界」はなくなってしまうはずだ。
 となると、イバライガーを生み出す理由もなくなる。つまりイバライガーは造られない。
 だから、過去に戻って戦うこともあり得ない。

 じゃあ、ジャークとは関係なく、イバライガーが造られたのだと考えたらどうなるだろう?

 過去のある時代に、ジャークという怪物たちが現れて悲劇を起こした。
 だから、そういう過去をなかったことにしようとする。
 その時代の人たちを助けようとする。

 いやいや、そんなのはオカシイ。
 もしもタイムマシンがあったら、関ヶ原の戦いとか太平洋戦争などをなかったことにしようと思うかなぁ?

 だって「現在」とは、過去の「結果」だよ?

 太平洋戦争で死んだはずの人が死ななかったら、今の時代はまるで別な世界になっているはずだ。

 文明の発展が違うとか、そんな程度じゃない。
 出会うべき人が出会わない。別な人と出会ってしまう。生き方や考え方も全然別なものになっただろう。
 ということは、たぶん、ほとんどの人は生まれてこないはずだ。

 ほんの些細なことでも、巡り巡って大きなことにつながっていたりする。
 ある人が転ばなかったというだけで、歴史が大きく変わってしまうこともあり得る。

 バタフライ・エフェクト=風が吹けば桶屋が儲かる、というやつだね。

「今」とは「過去」の積み重ねの上にあるんだ。
 結果に至る過程のどこかをホンのちょっとイジっただけで、とても大きな違いが生じてしまう。
 過去を変えれば今も消滅する。つまり自殺行為だ。論理的じゃない。

 こういう具合に、タイムトラベルものって原因と結果の因果関係が入れ替わってしまうので、ものすごく矛盾が生じやすいのよ。

『ドラゴン・ボール』にリスペクト

 こうしたタイムパラドックス問題を何とかするために、多くのSF作家が頭を捻ってきた。
 主な解釈としては、

 ・過去を変えると未来も変わる
 ・過去を変えても未来は変わらない。
 ・過去を変えると別な世界線が生まれる。
 ・過去は変えられない。

 などだ。

 それぞれ、あっと驚くような物語に仕上げた傑作があるんだけど、その解説は今はやめておく。
 語り出したらキリがないから(笑)。

 で、ボクがイバライガーの設定に使わせてもらったのは、3番目。
 「過去を変えると別な世界線が生まれる」だ。

 このブログを読んでくれている方の多くがピンと来そうな例というと『ドラゴン・ボール』が、このタイプ。

 悟空が心臓病で死んでしまった未来から来たトランクス。
 彼が持ってきた未来の薬のおかげで悟空は助かり未来は変わるのだけど、だからってトランクスが消えてしまうわけじゃない。
 悟空が死ななかった世界というパラレルワールドが生まれただけで、彼がいた未来は、何も変わらないのだ。
 悲劇の歴史は、そのまんま。悟空は死んだまま。誰も救われない。
 それを承知の上で、トランクスは過去にやってくる。

 ボクは、この解釈を使わせてもらった。
 イバライガーの世界では、多元宇宙論=パラレルワールドを前提にさせてもらっているのだ。

 つまり別な宇宙。別な可能性。

 元の歴史が変わるのではなく、別な可能性を生み出すだけということだ。
 これなら、ややこしいタイムパラドックスから逃げやすい。

 でも、その代わり、今の時代を救えたとしても、ジャークに汚染されて滅びゆく未来世界は救われない。
 未来で生きる人々にとっては、何の意味もないのだ。
 それなのに、過去にイバライガーを送る。

 このへんの解釈についても『ドラゴン・ボール』に倣った。

 トランクスを過去へ送り出すとき、母親であるブルマは言う。

「人造人間に滅ぼされなかった世界が、1つくらいあってもいいじゃない」

 この一言が、イバライガーの世界を決めたようなもんだ。
『ドラゴン・ボール』には、とりわけブルマには、心から感謝している。

 自分が助からないことは、わかっている。
 それでも可能性をつなごうとする。
 滅びゆく世界が、祈りを込めて送り出す小さな希望。
 どこかで、生きていてほしい。
 自分たちが消えても終わりじゃないと信じたい。

 これは、親の気持ちとも重なってる。
 子を産み、愛し、育てるというのは、まさに可能性を信じて託すことだと思うんだ。

可能性をつなぐことが生きることだと思う

 ボクには娘がいて、娘の人生は娘のものだ。
 手助けはいくらでもするし、求められれば助言もするけど、無用な口出しはしたくない。
 どれだけの愛情や労力やお金を注ぎ込んでも、そのリターンを求めたりはしない。
 そしてボクは、そのままこの世から消えていく。
 自分が大変な苦労をして育ててきた「結果」を見届けたいなどとは、全く思わない。というか、それだけは見たくない。

 子供は、希望だ。
 未来に繋ぐ可能性だ。
 子供を作らなかった場合でも、その人の仕事、こうした作品、誰かとの関わりなどの1つ1つが、何かの可能性につながる。
 当の本人は消えてしまっても、可能性だけはつながっていくのだ。良くも悪くも。

 だから、可能性をつなぐことが生きることなんだと思うんだ。

 その可能性が途絶えた世界なら、別な時空に、別な宇宙に、可能性を託すことは十分に考えられると思うんだ。
 そういう祈りが結集した者。ブルマがトランクスに託したもの。

 それがイバライガーなんだ。

 イバライガーが、この時代、この世界に現れた理由を考えていって、ボクはそう考えるようになったんだ。
 滅んでしまった世界を背負って、新たな世界の可能性をつなぐ者。
 それこそがヒーローだ、と。

 実は、この「生きることは可能性をつなぐこと」っていうのは、ボクの作品全部に流れているテーマなんだ。

 科学漫画でも、歴史漫画でも、単なる広告漫画でも、どんなものを描いても、ボクは常に同じテーマで描いている。
 一見すると全然ちがうんだけど、その根っこはいつも同じなの。

 どんな人でも、過去と未来をつなぐチェーンの1つなんだ。
 ボクはそう思っている。

 だからこそ、生きる価値のない人なんていない。
 どんだけ無益に生きたとしてもだ。
 生きているというだけで、それは可能性をつなぎ続けることなんだ。

 ある時、ある場所に偶然居合わせる。
 それだけで生まれる可能性というのがあるんだから。

 どんな人でもヒーローになり得る。

 ボクはイバライガーに、そんな気持ちを込めているんだ。

タイムトラベルに制限を設けないとヒーロー不在に……

 そうやって色々なことを考えた結果、いくら「時空戦士」とはいえ、自由に好きな時間に移動できたりはしない、とも解釈した。

 時間を移動できるってことに制限を設けないと、あまりにも都合の良すぎる神の力になっちゃうんだよ。
 ていうか、そもそもイバライガーなんか必要なくなっちゃうんだ。

 イバライガーは現代でジャークたちと戦うけど、自由に時間を移動できるなら、そんなことする必要はないんだよね。
 ジャークは実験の事故で生まれるんだから、その実験自体を止めてしまえば、それでいいはずなんだ。
 こぼれた水を拭きに来るんじゃなくて、水がこぼれること自体を防いでしまえば済むんだ。

 失敗したって知ったことじゃない。
 何度でもタイムトラベルできるなら、成功するまで延々とリセットプレイを繰り返せばいいだけだもん。
 戦闘シーンだけに限って考えたとしても、例えば空振りしたら、その手前の時間まで巻き戻して命中するまでやり直せばいいわけでしょ。
 そんなことが可能じゃ、緊張感も何もあったもんじゃないよね。

 それに……。
 タイムパラドックスがどうこうと言うよりも「しでかした事をなかったことにできる」という考え方が嫌だったんだよね。
 そういう考えを子供に語ってはいけないように思えたんだ。

 しでかした事は背負っていくしかない。そうすることで新しい可能性が生まれることもある。
 イバライガーは、そういう物語じゃなきゃいけないと思ったんだ。

 そういうわけで、イバライガーは時空戦士だけど自由に時間を移動できたりはしない。
 いくつもの条件を満たした「奇跡のような特定の一瞬」にしか行けないということにしたんだ。

 作品中では、あらかじめ「駅」がないと行けないような感じで描写している。
 時空を超える能力はあっても、あらかじめ知っている駅にしか止まれない。無限に続く時間の中から、偶然「駅」を見つけるなんてことは不可能に近いから、目的地を知らずにジャンプしたら、永遠に彷徨うだけになってしまうと考えることにした。

 そして「駅」は、ジャークが出現するのと同時にしか生まれないの。

 ジャークを生み出した素粒子実験。それによって生み出される「特異点」が「駅」。
 だから光と闇は、同時に出現する。
 ジャークの出現自体を食い止めることは不可能。
 しかも未来には二度と戻れないし、他の者が来ることもない。
 たった一回だけの奇跡。

 そういうふうに考えたんだ。

 いや、ステージショーではね、最初に登場した「初代イバライガー」に続いて、後に「イバライガーR」、さらに「イバガール」「イバライガーブラック」などが次々に現れて、さらに、もっと凄い「ハイパーイバライガー」なんてのまで出てくるんだけど、タイムトラベル的に考えると、そういうのってオカシイのよ。

 だってバラバラに、逐次投入する理由がないもん。
 未来の、いつの時点で完成したのだとしても、過去の同じ時間に送り込めるはずでしょ。
 スポーツとかゲームじゃないんだから、ピンチになる度に新キャラ援軍、なんていう危ないやり方をする必要はないんだ。
 全軍一気に送り込んで、圧倒的な力でケリをつけちゃえばいい。

 もちろん、それじゃあつまらない。
 でも、人類の運命がかかってるんだから、わざわざヤバい方法を選ぶのはヘンだよね。

 それに、未来世界で次々と新型のヒューマロイドを生み出せるはずがないんだ。

 そんなことができるのだとしたら、その時代には、それだけの力があるということだ。
 ましてや、最初の「初代」よりもずっと優れている「ハイパー」などを造れるということは、それだけの技術革新が進むほどの期間、未来社会は繁栄し続けたってことになる。
 そうなら、わざわざ過去を改変する理由がない。

 誰だって、自分が生きている今の時代をこそ救いたいはずだ。
 戦力があるなら、それは「今」使うはず。
 そうしないということは、戦力はなくて、その時代を救う術はないとあきらめているということのはずだ。

 だから、最初に登場する初代イバライガーは、自分だけ、他には誰も来ないと考えていたはずだ(一緒に連れてきたミニライガーたちは別)。

 援軍なんか、来ない。
 人類の希望を背負った唯一の存在。
 やっぱヒーローは、そうじゃないと。

 でも。

 それじゃあ、ステージショーの世界を無視しちゃうし、他のヒーローが出てこないなんてのはボクも嫌だ。

 だから、当然、全てのキャラクターが登場する。

 超えられないはずの壁を超えて来てくれてこそヒーローだからだ。
 起こらないはずの奇跡を起こすのがヒーローなのだ。

 そしてその影には、自らの歴史は救えないのに、あえて過去にイバライガーを託した者たちの物語もある。

考えずにいられない因果なオタク

 未来から来た時空戦士、という最も基礎になる部分の設定だけでも、これだけ考えないとダメだったんだよね。

 しかも、これで終わりじゃないんだ。
 こんだけ考えても半分以下なのよ。
 それほど「時間」を扱うのは厄介なのよ。

 けど、そこを嘆いても仕方ない。
 ショーで描写されたことを全部、納得のいくように肯定するのが目的なんだから。

 ただし、全員が未来から来るわけじゃないよ。

 あり得ないことが起こるレベルの奇跡は、何度もやっていいもんじゃないからね。
 それをやっちゃうとご都合主義すぎちゃって、物語も盛り上がらないもん。

 ステージショーでも、どのように生まれたか明言してないキャラはいるし、未来ではなく現代で生み出されたキャラもいる。
 どうしてもツジツマの合わせようのないキャラに関しては、公式設定のほうで調整してもらった例もある。
 設定が曖昧だった初期段階から変更されたキャラもね、一部にはいるの。
 今はそっちの設定ベースで登場してもらっているので、よほど古くからのファンでない限り気づかないと思うけど(笑)。

 小説版では、現代を生きる若者たち(主人公)が、未来でイバライガーを生み出す、ということになっている。

 新エネルギーを生み出す実験が暴走して、悪のエネルギー体「ジャーク」を呼び起こしてしまい、そのジャークに取り憑かれそうになった大ピンチのところに、未来からの援軍=イバライガーがやってくる……というのが小説の第1話なんだけど、ここまでお読みいただけば、この時点で色々オカシイことがわかるはずだ。

 本来の歴史(イバライガーが来ない元々の歴史)では、主人公たちが、ここで救われるはずがなく、このままジャーク粒子に取り憑かれてしまうはず……なのだけど、そうはならなかったはずだ。
 なにせ、ここで主人公が死んじゃったりジャークになってしまったりすると、未来でイバライガーが作られないことになり、当然助けにも来なくなるのだから。

 ということはイバライガーがいなくても主人公たちは助かり、その後にイバライガーを開発することも出来て、それなら何も過去に戻って戦わなくてもいい、ということになってしまう。

 そうなのだ。

 今のイバライガーの物語が生まれるためには、過去に戻らず、元の世界で戦った歴史があるはずなのだ。
 その結果として、過去に戻るしかないという展開になっていくはずなのだ。

 他にも、合理的じゃない点はあるのよ。

 現代と地続きの近未来だとすると、イバライガーって超技術すぎるんだ。
 まさにオーパーツ。
 そんな技術がどこから来たのか、という問題があるわけ。

 多くの特撮作品では一部の天才が何とかしちゃうわけだけど、本気で考えると、いくら天才といっても無茶なんだよね。
 スーパーヒーローのハイテクって、社会と隔絶し過ぎてるもん。

 あんだけの技術があるなら、その基幹になった技術とか副産物といったものが社会に還元されていてしかるべきだし、スーパーロボットを作るほどの研究設備&製造工場を建設するには膨大な人員が必要なはず。
 人里離れた山奥だとしても、そこまで資材を運搬するための道路を作るところから始めなきゃいけないはずで、その関係者全員の口をふさぐなんて絶対に無理としか思えない。

 なので、そのへんの誕生秘話も、色々と考えざるを得ないの。
 未来で何が起こって、今につながっているのか。

 ね、ヒーロー物をガチで考えるのって大変でしょ。

 でも、そういうことが好きなんだから仕方ないんだよなぁ。
 考えなくてもいいよって言われても、考えずにいられないんだから。

 オタクってホントに因果だなぁ(笑)。

 


※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは、電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。