採算やコストなどをどう考えるか(ピンと来ない人向け)

2018年1月12日

 ボクも元々は漫画描くときに、いちいち採算を気にしてなかったんだよね。

 ギャラが安いから背景真っ白でいいやとか、ダルマ描いたけど目を入れなくていいやとか、そういうふうに描いてないからね。
 いくらだろうが、やることはやるしかないし、やれてないモノを世間に出す気にはなれない。

 でも広告で漫画を描くときは、描き方でも、内容でも、採算ってヤツを考慮しないと色々問題が出ちゃうんだよ。

 商売だからね。
 どうやって利益を出すかを意識してないと継続的に続けていくのが難しくなるんだ。

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お客のお金をどれだけ有効に使えるかを考える

 まず、内容のほうでは、お客のコストを考えるようにしている。

 原稿料はページいくらでいただいているけど、お客の側で考えるとページ数に対して払っているというよりも、必要な情報量に対して払っているんだよね。

 同じお金を払うのなら、できるだけアレもコレも詰め込みたい。
 そのほうがオトクだと思うから。

 でも、詰め込みすぎて広告漫画としてのメリットを殺してしまったら本末転倒。
 情報量が多すぎて、迷彩みたいになっちゃって、結果として何も伝わらないってコトになっちゃう。

 なので、そのギリギリのところを考えて、上手くお客の希望に近づけてあげなきゃいけない。

 つまり予算をどれだけ有効に使えるか。

 そこを意識して仕事しないと「漫画としては面白いけど、こんだけの情報を伝えるのに○○万円じゃ割に合わないなぁ」って思われかねないんだよ。

 本質的なトコを考えると、お客は漫画に限らず、あらゆる広告を欲しがってないんだと思っている。

 欲しいのは売上。
 広告は売上を上げるための必要経費。

 当然、少ない経費で多くの売上を上げられるほうがいいわけで、ボクらは、そういう目的のために予算を預けられている。

 描いたんだからページ数分のギャラちょうだいって言うのは正論だけど、意識としては「ボクはこれだけアナタのお金を有効に使いました」であるべきだと思っているんだ。

 だからストーリーがどう、絵柄がどうというだけでなく、どれだけ無駄遣いしてないかを考えて提案している。

 極論すると、漫画であることが無駄遣いかもしれないんだ。
 広告目的と漫画という手法が合致してない可能性だってあるから。

 そういうときは……う~ん、こっちも仕事がなくなっちゃうのも困るから、何とか交渉して、漫画に合致する企画に目的のほうをズラしてもらうように誘導するんだけど、どうしても無理ならオリちゃうしかないなぁ。

 まぁ、本当に漫画ではダメって思えるケースは、そうそうないけど。

 でも何度かは、実際に「漫画にしないほうがいいです」って提案したこともあるよ。
 そのせいで仕事がキャンセルになったことも。

 けど、言わずにダメな結果を出しちゃって信用を失うよりはマシだし、そうしていたおかげで、後でちゃんと漫画でバリバリやれる案件を発注していただけたことは何度もある。

 とにかく、いただいた代金分もしくはソレ以上の貢献ができているか、そういう貢献につながる可能性が十分にあるかは、常に気にしているんだ。

描きたいシーンを描くためにもコスト意識は大事

 作画面でもコストは考える。

 例えば、ものすごく緻密で、その1カットで何日もかかりそうな絵を作らなきゃならないのに、普通の1ページと同じっていうのは、ちょっと……でしょ。

 その漫画自体を販売して利益を得る普通の形式なら、そんなコトは考えないよ。
 そのシーンが必要なら何が何でも描く。

 でも、広告漫画では利益を得るのはお客で、ボクじゃないからねぇ。
 負担のかかるモノをやるのなら、そのコストもお客様負担にしてもらえないと無理なのよ。

 だから、そういうカットを求められたときには、お客と相談する。
 基本料金では無理ですよって。

 しかもソレは作画に入る前どころか、受注する前に言わなきゃならない。
 一度見積書を出して、それで確定しちゃったら、後から追加料金出してって言っても、そんなの通らないから。
 追加料金がかかることを事前に読み切れなかったボクのミスってことだから。

 なので、最初の企画検討はじっくりやる。
 そういうシーンが必要になる可能性があるかどうか。
 通常の作画体制でやれるかどうか。

 そしてソレは、自分自身に対しても。

 お客が要求してこなくても、作者としてこだわりたいコトはあるから。

 例えば、どうしても新宿全体をど~んと見開きで出したい。
 ページ数的には可能で、しかもお客の求める情報密度を損なわずにやれそう。
 けど、それだけの緻密な絵を作るだけの追加予算が出ることはありえない。

 なぜならソレは作者のこだわりであって、お客のこだわりじゃないから。
 予算を追加しなきゃならないくらいなら、そのシーンを削れと言われちゃう。

 映画製作なんかでは、そういうときにスポンサーに掛け合って、何とかして予算追加を認めてもらうなんてコトを聞くんだけど、広告では、まずありえない。

 映画ならね、そこをしっかり作らないと商品そのものの質が落ちちゃうから、スポンサーも折れてくれたりするだろうけど、広告漫画は商品じゃないから。
 商品を売るためのツールに過ぎないから。
 利益を出すためにやってるコトで利益を削るってのは理屈が合わない。
 なかなか認められないのよ。

 でも作者としては、どうしてもやりたかったりする。

 で、考える。

 描くのをあきらめるか。
 それとも自分の利益を削ってでもやるか。
 そこまでしてやることは、自分の将来につながるか。

 広告作品なんだから、その作品自体が後々に利益になることは、まず考えられないんだ。

 収益は、そのときに受け取る原稿料が全て。
 自腹を切ったら、それは本当に自腹以外のナニモノでもない。

 ただ、そこで踏み込んだことが、別な仕事を生み出すことはある。
 いいものを作れば、それを見た誰かが評価してくれて、それが将来の仕事につながる。

 その可能性は、どれほどか。
 自腹で踏み込むだけのモノになりそうか。

 そういう採算まで考えて、決断しなきゃならない。

 ま、やりたいシーンは、結局はやっちゃうことが多いけどね。
 描きたいものは描きたい。
 その気持ちには逆らえないコトが多いよねぇ。

 で、そういうコトを、できるだけ採算割れにならずにやれるようにするために、ウチではデジタル制作をしているという部分がある。

 お客のためでもあるんだけど、本当は自分のため。

 自分が描きたいモノがあって、でも、そのコストは出ないってときに、デジタル技術で可能なかぎり、自分のイメージに近づける。
 手描きでは採算割れでも、デジタル処理でやれれば、そこそこにはなる、みたいな。

 正直「これでカンペキ!」には、なかなかならないよ。
 採算の中で、なんとかアリだと思えるところに持ち込めるというくらい。
 元々、背景をしっかり描き込めるっていうほどの予算が出ないことのほうが多いくらいだしね。

 でも、そうだからって、お客がそのコストでやれることをやってくれればいいと言ったとしても、自分にとっては手抜きに思えるようなモノを仕上げる気にはならないんだ。
 つ~か、それ仕上がってないってコトだし。

 予算は、常にキビシイ。
 十分な予算をもらえることなんか、滅多にない。

 そういう中で、自分を犠牲にせずに、お客の要望にも応えていくには、色々なコトにコスト意識を持って「企業努力」で補っていくしかないんだよ。

 

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。

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