イバライガーのデザインをどう考えるか

2018年1月11日

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イバライガーは、なぜあの姿なの?

 ボクはイバライガーのデザインが好きだ。

 戦隊やライダーといった特撮ヒーロー作品がたくさん作られるようになって何十年も経っているから、オリジナルなデザインを生み出すというのは、かなり大変なことだと思うの。

 パクるとか真似るとか、そういうつもりがなくても、カッコイイ姿にしようとすると、どうしても過去のどれかに似てしまう。
 それを避けようとすると、どんどんゴテゴテが増えてしまって収拾がつかなくなったりする。

 いや、本当に大変だ。

 ボクはオタク歴は長いし、その手のものも山ほど観てきたけれど、自分ではヒーローデザインができる自信は全くない。

 絶対にパクリになっちゃう。
 もしくは滅茶苦茶カッコ悪いものになる。
 いや、パクリでしかもカッコ悪いになる可能性のほうが高いだろうなぁ。

 そんな中、イバライガーのデザインは、よく出来てると思うんだ。

 今どきにしては、かなりシンプルで、でもスタイリッシュ。
 同じデザインベースでありながら、男性型、女性型、子供と、幾人ものキャラクターにも応用できている。

 主人公であるイバライガーRも、ダークヒーローのイバライガーブラックも、デザイン自体はほとんど同じなのに、キャラとしては全然別な印象を感じさせる。色が違うってだけじゃないのよ。

 空気が違うの。同じデザインなのに、全く違うのよ。

 いやぁ、すごい。
 よくぞ、あれを思いついたと思う。

 ああいうデザインって、簡単なようでなかなか出てこないと思うのよ。
 少なくともボクには絶対に無理だもん。敬服するしかないよ。

 デザインしたのは、時空戦士イバライガーの運営団体『茨城元気計画』代表の卯都木睦氏。

 ヒーローをやろうと思った時に、たった一夜で思いついたのだという。
 茨城元気計画の基地(オフィス)には、今も初期デザインのイバライガースケッチがあって、それを見ると本当に天啓のようなもので一気に生み出されたデザインだったのだということが、よくわかる。奇跡のような一夜だったんだろうなぁ。

 そして、実際のスーツ製作やスーツアクターもご本人がやっている。
 本当にイバライガー=卯都木氏自身なんだよね。

 ボクはよく、ふらっとアポなしで基地を訪ねて、製作中の卯都木氏と色々な話をしたりするのだけど、マスクの造形からスーツのミシン縫いまで、全部を一人でやってるのを見ていると、この人いったい何者なんだと思えてくる。

 だって一体や二体じゃないんだもん。
 ショーに登場する十数体、さらに怪人や戦闘員まで、全部だよ。
 そのうえ、ショーで痛んだスーツの補修やメンテナンスなんかまである。信じられないよ。
 本当にヒューマロイドなんじゃないのか?

 さて、そんなふうに卯都木氏が魂を込めて作ったイバライガーの背景を、しっかりと考えていくのがボクの役目だ。

 単にカッコイイ、ヒャッハーでは済まない。
 設定などの面でも、魂を吹き込まなきゃならないのだ。

 だから、必死で考える。

 イバライガーは、なぜあの姿なのだろう?

 そういうデザインを思いついたから、と言われたらミもフタもないんだけど、本気でリアルに考えるとなれば、はしゃいでばかりはいられないのだ。
 現実にああしたヒューマロイドがいるのだと考えるとなると、あの姿にも理由がないとオカシイのだ。

 いや、そもそも何でヒューマロイド=人型なのか。
 他の武器などではダメなのか。

 特撮ヒーロー物でそんなコト考え出したらキリがないと言われそうだが、へ理屈でもいいから理屈をつけるのがSF設定というものだ。
 何もかも合理的に説明するのは無理っぽいけど、できる限りはしっかりと考えたいじゃないか。
 そういう部分にこだわってこそ「本気」だと思うしね。

1つ1つの疑問から、それを成した人たちの物語が生まれる

 そういうわけで、イバライガーの外観があの姿であることにも、多少のへ理屈をつけることにした。

 まぁ、デザイン自体に関してはね、ツッコめばツッコむほどボロが出てしまうようなトコもあるので、あまり深くは追求してない。
 なので、あの耳の部分は何だとか、目のような部分は何だとか、背中のスラスターっぽいのは何だとか、そういう部分ごとの機能や名称などを解釈していくだけに留めている。

 例えば背中に向かって伸びているアレは「クロノ・スラスター」で、ダッシュ時にエネルギーを噴射して加速するほか時空転移の際にも使う、とか、両腕についている突起が「サイド・スラスター」で、必殺パンチの際には腕自体をブーストで加速させる、とか、ベルトのバックルは「エキスポ・ダイナモ」で感情エネルギー(イバライガーは「みんなの応援=感情」がエネルギーなのだ)を制御しているとか、そういう感じ。

 まぁ、こういうのは、文章で表現するためにどうしても必要だったので考えた、というところもあるんだけど。
 各部に名前がついてないと、文字だけでは何も描写できなくなっちゃうから(笑)。

 でも、そういう細かい部分以上にボクが必死で考えたのは、先にちらっと触れた「イバライガーというキャラ自体の存在理由」のほうだ。

 どうしてヒューマロイド=人型ロボットなのか。
 悪の組織と戦うために生み出されたにしても、なんでヒューマロイドじゃなきゃいけないのだ?

 特殊な武器じゃないと怪物を倒せないにしても、そういう武装を既存の警官や軍隊に与えるというのが普通だと思うのよね。
 それなら量産も利くし、負傷しても補充できる。

 なのに、特殊なヒューマロイド。
 しかも格闘戦主体の、近接戦闘タイプ。

 いや、普通は撃つんじゃないの?
 なんで格闘戦じゃなきゃいけないの?

 さらに女性型とか子供型とか、色々。

 なんで、そんなバリエーションが必要なんだ?

 例えばステージショーでは、子供型の「ミニライガー」は、サポート用ということになってるけど、それだって、まんまイバライガーを2体にしたほうがいいに決まってる。デザインや仕様の違うものをたくさん作るのって、コスト的にも労力的にもロスが大きいよね。
 つ~か、イバライガーが「兵器」なら、女性型とか子供型とか、全く無意味だとしか思えない。

 その上、個々の人格や感情まである。

 人格があるかのように反応するといったものじゃない。
 本当に人格があるのだ。

 これまた絶対にヘンだ。

 ロボットは基本的に道具なのだ。
 使ってるパソコンが、いちいち意見してきたり、逆らったりされたら面倒くさくてかなわない。
 そんなもん、不良品じゃないの? 少なくとも実用には適さないとしか思えないよ。

 ……とまぁ、特撮ヒーロー的な世界をリアルに考えていくと、アレもコレも全否定、みたいなことになりがちなんだよね。

 でも、否定なんかするつもりは全くない。

 むしろ、全てを肯定してやる。
 子供向け番組なんて馬鹿馬鹿しいとか言わせない。
 バカな妄想に魂を込めてこそ、本当の作品ってものじゃないか。

 漫画家の長谷川裕一さんがSF大会などで発表し続けている『すごい科学で守ります』というのがある。
 長谷川さんは、仮面ライダーや戦隊シリーズを、同一時間軸上の連続した世界と仮定して、その劇中の描写の全部を可能な限り合理的に解釈していく、という難題にチャレンジし続けているのだ。

 ボクは、それを見習うことにしたの。

 というわけで、小説版ではステージショーの世界を徹底的に肯定する方向で、様々な設定を施している。
 詳しいことをここで書いちゃうと小説的にネタバレになっちゃうので伏せざるを得ないのだけど、とにかくクッソ細かいことをいちいち考察してみて、その上でやっているのだ。

 ショーを観ている多くの人にとっては「そんなことまで聞いてない」と言われるのは承知だから、いちいち言わないんだけど、言わないから考えない、要求されないからほっとく、というのはガチな人じゃないでしょ。
 気にしない人にとってはど~でもいいことまで考えちゃうのがオタクってもんなのよ。

 あの外見なことにも意味がある。
 それは、イバライガーのエネルギーである「感情」と密接に関係している。

 キャラクターたちが、1体ごとの特殊なヒューマロイドであることにも、理由がある。

 彼らは兵器じゃないんだ。
 彼らは、本当に「生まれた」のであって、個性があることにも大きな意味があるんだ。
 そして、そうじゃなきゃ悪に勝てないんだ。

 近接戦闘に特化しているのは「近接攻撃でないとダメージを与えられない敵」を相手にしているからだ。

 イバライガーの敵組織「ジャーク」は、イバライガーとは反対の、ネガティブな感情をエネルギーにしている怪人たちだ。
 同じ力の光と闇。

 だからこそ、ポジティブな感情エネルギーをぶつけることで対消滅させられる。
 でも、エネルギーを空気中に放射するとロスが大きすぎるから、直接打撃で流し込むしかないのだ。
 それゆえに格闘戦になるのだ。

 こういうふうに、いちいち理屈をつけていくのだ。
 そうすると、その理屈からも物語が生まれてくるんだよね。

 誰が、いつ、どこで、なんのために作った?
 あのテクノロジーは、どこからきた?
 なぜ、あの姿になった?
 彼らを生み出した人々は、どうなった?
 なぜ、彼らは「現代」に現れなきゃならなかった?

 そういう1つ1つの疑問から、それを成した人たちの物語が生まれて来るんだ。
 そして生まれたドラマを、つないでいく。

 ステージショーでは「イバライガーは未来から来たヒューマロイドで悪の組織ジャークと戦っているんだよ」としか語られてないし、実際、そのくらいしか背景も設定されていなかったんだけど、この短い設定を本気で考察していくと、大河ドラマにも負けないボリュームになってしまうんだ。

 それを紡いでいくのが、小説版イバライガーで、その内容はステージショーにもフィードバックされるし、ステージショーの内容が小説のほうに取り込まれることもある。
 そうやって両方から世界を創っていく。

 こういうのって、とっても大変なんだけど、やりがいもあるし、ワクワクもするんだ。

 


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