小説版イバライガーに人間の主人公たちが登場するワケ

2018年1月10日

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ガチに描写するには「人間」が必要だった

 ステージショーの形で展開している茨城のオリジナルヒーロー『時空戦士イバライガー』を小説化しようという試みは、実は2008年……つまり、彼らと出会った直後くらいから始まっている。
 まぁ最初は、ショーを続けていくために設定などの背景をしっかりさせておこう、という程度だったんだけど、それでも当初からステージショーでは披露するのが難しい設定やストーリーは、いくつかあった。

 その中で一番大きな違いが「人間のレギュラーキャラクター」の存在だ。

 他にも細かい違いや、今後のことも考えて設定を一部見直したりもしているのだけど、それらは公式のこれまでのショー内容に反していないか、公式にも受け入れてもらっているもので、基本的にショーとの矛盾はないように注意している。

 だけど、人間の主役級キャラだけはね、ショーには全くない要素で、だけど本格的なストーリーを考えようすると絶対に必要になってしまうんだ。

 ステージショーでは、基本的に生身の役者は出て来ない。

 生身の人間を出すとなると、それなりの役者を揃えて維持していかなきゃならないし、生身の役者さんは替えがきかないから特定の人に依存することにもなっちゃう。

 でも、同じ役者さんに何年もショーに出演し続けてもらうのは非常に難しい。
 ウルトラマンや仮面ライダーのショーだって、変身する前のオリジナルの役者さんが地方のショーに出るなんてことは(特別な例外を除いて)ありえないし、ディズニーキャラだって実写映画化された際のオリジナル役者さんがパレードに登場することはないもんね。

 だからショーでは、ヒーローや悪役の怪人たちは出ても、人間のキャラクターは極力出さないようにするしかないんだよね。

 そういうわけでイバライガーショーの場合は、人間のキャラは、イモライガーというギャグキャラとMCのお姉さんくらいだ。
 初期にはTDFという特殊部隊の隊員というキャラが出ることもあったけど、これはホンの一時期だけ。
 特別な例外を除くと、人間の役者がいなくても成り立つ内容のショーにせざるを得ないんだ。

 だけど、ショーという制約を離れて、本当にイバライガーが存在する世界を考えていくと、そういうわけにはいかなくなる。
 アンパンマンみたいなメルヘンな内容なら人間不在の世界観でもやっていけるんだけど、イバライガーはそういう世界じゃないんだ。

 ここでイバライガーを知らない人のために、簡単に「ショーの背景になっている設定」を説明しておこう。

 時空戦士イバライガーというヒーローは、未来からやってきたヒューマロイド(人造人間/つまりロボット)だ。
 イバライガーのショーには数多くの仲間たちが登場するけど、その全員がヒューマロイドで、人間の姿に変身したりもしない。
 彼らは、悪の怪人たちによって荒廃してしまった未来からやってきて、そうした悲劇を食い止めるために現代で戦っている、という設定なんだ。

 これはボクが関わるようになる前からある設定で、今もショーが始まる前の解説で毎回、MCのお姉さんが紹介している。

 でも、これは最低限の情報に過ぎない。
 ショーの冒頭でだらだらと説明なんかしていれらないし、小さなお子様にややこしい世界観なんか語れないもんねぇ。
 だから、これだけしか言わない。

 でも、それしか言わないから、それ以上のことは考えなくていいというもんじゃない。

 ボクらは、テキトーなショーをやってりゃそれでいい、とは考えていない。
 今はローカルなヒーローショーしかやってないし、今後もずっとそうかもしれないけれど、それでも本気なんだ。

 ガチなテレビシリーズや映画にもなるような作品にしたいと思っている。
 それも、ハリウッド超大作として映像化しても成り立つような、そんな作品であろうと思っている。
 子供向けヒーローショーというのは「今はそういう形式でやっている」というだけのことなんだ。

 なので、毎度のヒーローショーでは単純化して小さなお子様でもわかりやすい内容にせざるを得ないけれど、その設定や世界観はしっかりと作らなきゃいけない。大人の鑑賞にも十分に耐えられるだけの内容でなきゃいけない。

 そして、そのためには「人間」を描かざるを得ないんだ。

他力本願でやる気のない現代人にしたくない

 そもそもステージショーだって、本当に人間がいないわけじゃない。
 イバライガーは「人がつくったヒューマロイド」であり、人々の平和を守るために戦っているのだ。
 ステージ上にいないというだけで、実際にはいるのだ。観客の皆さんもストーリーの一部なのだ。

 となれば、どうしたって人間を描かなくていいというわけにはいかない。
 しかも、その他大勢のモブとしていればいい、というものでもない。

 その生き様に共感したり、考えさせられたりするような、物語の中枢にしっかりと組み込める人間たちが、どうしても必要なんだ。
 そうでないと、本気の作品にはならない。

 だってねぇ、世界の危機をイバライガーに任せきり、なんて嫌じゃない?

 未来からやってきたヒューマロイドたちに全部任せて、現代の人々は何もしないで救われるなんて、あまりに情けない。
 そんな他力本願でやる気のない人類じゃ、助け甲斐がないよ。

 未来を切り開くのは、現代を生きる我々自身の力であるべきだ。
 そういう想いに応えるからこそ、ヒーローはカッコイイんだ。

 だからボクは、ガチ設定をまとめていくために「人間の主人公」を設定したんだ。

 そういう人たちをショーに出せないのは、百も承知。
 それでも本気を目指すなら、そうしなきゃいけないと思うんだ。

 人々の生き様がまずあって、その想いがヒーローを生み出す。
 そうでなきゃ、物語が薄っぺらになっちゃうもん。

 ショーを観てくれた子供たちが大きくなって、もう1つの、ショーの世界を支えていた本気の物語に出会ったときに「いいものを見ていたんだなぁ」と思ってくれる作品にしたいと、ボクは思っている。おっきいお友達の皆さんにも「おおっ!」と思ってもらいたい。

 単純な内容、短いお話。
 ショーは、そうせざるを得ない。

 いつ、どこで見てくれるか分からないし、その場かぎりのお客さんでも、詳しい世界観などの前提知識もゼロで楽しめなきゃいけない。しかもメインの観客は小さなお子さん。複雑な内容なんか描けない。永遠に、テレビシリーズの特定のエピソードだけを繰り返してるようなもんなんだ。

 それでも。

 いや、だからこそ。

 子供たちを相手にするからこそ、子供だましではいけないと思うの。
 少なくとも、作品を作る側が、そういうレベルでやってちゃダメだと思うんだ。

 だから、小説版はガチで描いている。

 できるだけステージショーと共有できる設定にしたいとは思うし、ステージショーで上演した内容を否定するようなこともしたくないとは思っているんだけど、それでも「あの、ちゃちゃっと演じたシーンには、こんなに濃いアレコレがあるんだよ」という程度には、しっかりさせておきたいんだよね。

 その本気っぷりがあってこそ、本当に信用されて応援してもらえると思うし、また、息の長いコンテンツにもなるんだと思うから。

 


※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。