広告漫画のページ数って、平均何ページくらい?

2018年1月10日

 広告漫画のほとんどは、数ページ以下の短いモノだ。
 何十ページもある作品より、1ページだけ、4コマだけっていうほうが圧倒的に多い。

 これは予算や広告企画がそうだからってのもあるけど、短いほうが読まれやすいってこともあるからだ。

 一方で長編の広告漫画だって、もちろんある。

 ページ数の違いは、長さの違いだけじゃない。
 ページ数が違えば、漫画の役割や目的も違ってくるんだ。

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ほとんどは数ページ程度の短編

 ボクの場合は、最短の作品は1コマ。最長は100ページのヤツかな。
 長期連載になった『カソクキッズ(高エネルギー加速器研究機構のWEBサイト上で連載)』は、今までに描いた枚数が1000枚越えてるけど、これは広報作品としては極めて特殊な例で、普通は読切、それも超短編だからね。

 平均すると1つの仕事で4~5ページくらいじゃないかなぁ?

 しかも、このページ数は「1つの仕事で」なので、作品そのものが4~5ページの作品ってコトじゃない。
 どっちかと言うと1~2ページの短い漫画を連作でいくつも描くってのが一番多いと思う。
 4コマを10本で5ページ分とかね。
 20ページの漫画冊子(本編16ページ)を作ったときも、全体で1つのお話ではあっても、2~3ページごとに区切って短編連作形式にしたし。

 コレは依頼者がセコイとかシブイといったコト(そういうこともあるけど)ではなく、モノが広告用の漫画ってのを考えれば、短いページ数のほうが有利ってコトがあるからなんだ。

 漫画を使ったパンフレットを作る場合でも、本当に漫画だけってのは意外に少ないものだ。
 漫画と広告がコラボしてるのが広告漫画だけど、さらに広告漫画と広告がコラボしてるパターンってのが、実は非常に多いんだよ。

 例えば、ボクがたくさん手掛けたのは保険の漫画パンフ。
 それなりに知られている保険会社のほとんどをやったかもしれない。

 保険商品って色々ややこしくて、ライフスタイルとか家族構成とか、色んなコトを検討した上で複数の特約を組み合わせて、その人なりにカスタマイズして組み立てていくモノだから、万人に当てはまるコレっていうのがないんだ。
 色々な保険商品を、加入する人の人生のカタチに合うようにくっつけて作っていくモノなんだよね。
 だからわかりにくい。イメージしにくい。

 そこで「ああ、そういうコトか」とピンと来るような事例を漫画化して、それをツカミにして商談に持ち込んでいくわけだ。

 この場合、漫画はツカミだから、漫画の中では詳しい説明なんかしない。
 保険に加入してなくて困ったとか、加入してて助かったとか、そういう簡単なお話だけを提示する。

 漫画のお遊びとして、サービス名などを必殺技みたいに「ファアアアイナンシャルゥウウ!プランナァアアアッ!!(CV関智一さん希望)」とか「緊急対応ぉおっ!……火災ぃいい……特約ぅううっ!!(CV檜山修之さん希望)」とか叫ばせたりして遊んだコトはあるんだけど、全然具体的じゃない(笑)。

 でも、保険が意外なトコでも役立つとか、とにかく関心を引くことはできる。
 で、保険についての説明を読んでみようという気にさせることも。学校の先生が授業の前にちょっとしたムダ話をして生徒の興味を引くのと同じだね。

 だからボクが手掛けた保険漫画パンフの多くは、見開きの左ページが漫画で、右ページが保険の解説という構成になっていて、その見開きが連作になっている……といった作りのモノが多かったんだ。
 全部で表紙込み20ページの冊子だったとしても、漫画のページは6~8ページ程度+表紙周りのイラストってトコになる。
 半分は普通の広告。

 そのほうが効率的だからだ。

 漫画の中でダラダラと解説するより、解説は解説として切り離して、漫画では、読者がその解説を読みたくなるように仕向けることに全力を注ぐ。
 そうしたほうが結果(成約するとか)につながりやすいんだよ。
 特に保険って、長期間に渡って支払い続ける高額商品だからね。それだけのモノを漫画読んだだけで契約してくれるわけがないでしょ。
 しっかりした資料や説明を聞かなきゃ。

 だから漫画で引き込む。
 解説を読んでやってもいい気持ちにさせる。
 そして読む気になってくれさえすれば、後は漫画に頼らなくてもいいんだ。
 いや、むしろ漫画じゃないほうが手っ取り早いんだ。

 別の記事で「漫画はわかりやすいんじゃなくて、とっつきやすいのだ」と書いた。
 どんなにわかりやすく書いてあっても、ガチな専門書のままでは、そもそも読まない。だからわからない。
 それが漫画になると、とっつきやすいから読む。
 わかりやすさでは専門書のほうが上でも、読まれるのは漫画のほうだから「漫画がわかりやすい」と誤解される。
 そういうコトだ。

 その「とっつきやすさ」を利用して広告に引き込む、というのが広告漫画の代表的なスタイルなんだよね。
 そして、とっついてもらうには、短い作品のほうが都合がいいんだよ。

 なんせ読者は漫画を読みたかったわけじゃないからね。
 「我が社の製品について、まず50ページの読切を読んでください」なんて言われたら、そんな面倒くさいモノ買わないでしょ。
 スキップ機能がないムービーを何分も見なきゃアクセスできないWEBサイトなんか、そんなら見なくていいやって思うでしょ。

 ある程度のページ数があったほうが、しっかりした漫画を描けるけれど、消費者(まだ読者にすらなってない)は、しっかりしてるからこそ読まないんだ。
 ようするに広告としては回りくどすぎるんだ。

 だからボクは、短い作品を提案することが多い。
 読む気はなかったけど、短いからついつい読んじゃったという状態にするには、しっかりしたモノより軽いモノのほうが強いからだ。
(ただし10ページの依頼に「1ページだけで十分ですよ」とか言っちゃうと、残りの9ページ分のギャラを稼げなくなっちゃうので、切り口を変えて連作にしたりして、当初のオーダー分のギャラを確保できるように工夫してるけどね)

情報量が多いからページも多いというものではない

 でも、いつも短い漫画が有利とは言い切れない。

 特に、広告じゃなくて啓蒙や学習などの目的で漫画冊子を作るようなときには、それなりに「読んだ」という充実感もないと、共感が得にくかったり学習にならなかったりすることだってある。
 大急ぎで結果だけ教えても、学習にはならないもんね。

 短かろうが長かろうが広告漫画は広告漫画で、知識や情報を与えつつ読者の心を動かさなきゃならないのだけど、そのどこに重点を置くかのバランスは、広報目的によって異なる。

 そして、心を動かすほうをメインにする作品は、どうしてもそれなりのボリュームがいるんだ。
 地域のアイデンティティを喚起するとかね。

 学習漫画でも、ある問題の解説漫画じゃなくて、学習意欲を引き出すために描くなら、教えることより学ぶ楽しさを感じてもらうことのほうが大事だ。

 ボクが今までに手掛けた作品でページ数の多いモノは、大抵がそういう作品だ。
 伝えなきゃならない情報量が多いから長くなった、というのはほとんどない。
 っていうか、たぶんやってない。

 むしろ、そういうモノは短くする。

 人はいっぺんに多くの情報を受け取ってくれないものだからね。
 まして「読み始める段階では、そのコトに興味がない」が前提なのだから、なおさら。

 だから長いページ数のモノは、あるテーマにじっくり取り組まなきゃならないような作品が多いんだ。

 まぁ、長いといっても、せいぜい数十ページなんだけどね。

 けど、これは広告・広報漫画としては十分以上に長いんだ。
 普通の漫画で数十ページなんていうのは全然長くないんだけど、広告漫画だと長い。

 そのページ数分つきあってくれる人にしか読んでもらえないわけだから。

ある長さに付きあってくれる読者とは、誰なのか

 広告漫画を手掛けるときには、マーケティング的な部分も関係してくる。
 つまり、その広告漫画を読ませたい相手は、どういう人なのかってことだ。

 作者が読ませたい人じゃないよ。広告主が読ませたい人=その広告漫画で描いている広告対象を買う可能性のある人たちのことだよ。
 広告である以上、その人たちをオトせなきゃ意味ないんだから。

 とはいえ、短い広告漫画の場合は、よほどクセの強い絵柄でもない限り、あんまり気にしなくてもやっていけることが多い。
 1~2ページとか4コマ程度しかないときは、ストーリーとか世界観とか語ってる余裕なんかないからね。
 ネタ一発みたいなモンだから、特定の読者をイメージするより、平均的に面白く分かりやすくまとめられれば、それでオッケーなことのほうが多いんだ。

 でも、何十ページもあるような作品の場合は、その長さそのものが壁になる。

 誰もがチャッチャと読んでくれるわけじゃない。
 となると、色々意識しておかないと、せっかく描いた作品が役立たずになっちゃうこともあるんだ。

 ページ数が多い作品ってコトは、それだけ予算もかかっている大きな仕事だ。多くの予算を預かる以上、それに見合った結果を期待される。
 そして、その結果とは「いい漫画を描けた」かどうかじゃないんだよ。
 ちゃんと広報目的を果たしたかどうかのほうなんだ。

 まぁ本当はね、そういう戦略レベルのコトは発注側でしっかり考えておいてほしいんだけど、大抵は考えてない。
 根拠も何もなく、とにかく漫画でやってみようというだけなケースがすごく多いんだ。

 そういう状態で請け負って結果を目指さなきゃならないんだから、考えなしに漫画だけ描くわけにいかないのよね。
 発注側にちゃんとチェックを受けて完成したモノである限り、漫画家が責任取らされるわけじゃないけど、失敗作とみなされれば、今後の仕事には影響してくるから。

 漫画家としては、自信を持って見せられる作品を描ければ満足だけど、広告漫画家としては広報効果を出してナンボだからねぇ。

 だから、色々考える。

 ある長さに付きあってくれる人とは、誰なのか。
 どういう内容、どういう描き方をすると、どういう人がつきあってくれるのか。
 その人たちは広報目的に沿った人たちなのか。
 その人たちが読んでくれることによって、広報する人たちが求めた結果に近付くことができるのか。

 できあがった漫画の扱われ方や配布方法なんかも気になる。
 読者はどんな場所や状況で作品と出会うのかがわかれば、そういう場所にいる人がどういう人たちかを想定できるからね。

 例えば、郊外にある地域の資料館に来る人と、駅前のファッションビルに集まる人では明らかに客層が違うし、市役所に置くのなら市民が、観光案内所に置くのなら市街からの来訪者が主要読者ってことになる。

 そういうトコまで考えて、読者のイメージをできるだけ明確にして、その上でどんな漫画を描くべきかを考える。

 いや別に、自分のタッチや作風を変えるってコトじゃないよ。
 いつも通りの自分の作品でいいの。

 ただ、色々調べて見えてきた「読者モデル」を頭の中に置いて、その人に読んでもらえるように意識して描くってことなの。
 普通の漫画だって、そういう部分はあると思うけど、普通は「自分が読んでもらいたい人」をイメージするでしょ。
 自分の描くものに共感してくれる人は、この指止まれって感じで。

 でも広告漫画では、時に自分にとって苦手なタイプを想定読者にしなきゃならないこともあるのよ。
 そういう人を、自分の作品で振り返らせるにはどうすりゃいいのかを考えなきゃならないの。

 ページ数が多いってことは、そのボリューム分だけ読者を選ぶ。
 つまり、それだけ読者が少なくなる、あるいは読者が一定数に達するまで時間がかかると考えざるを得ないからね。
 なら、読んでくれた人をできるだけ「濃く」して、数が足りない分を濃さでカバーするしかないもんね。

 あまりに濃さを求めるとマニアックになっちゃって広告にならなくなるので、フツーに流し読みもできて、その上で共感してくれた人は濃くなるように工夫しているの。
 それが上手くいってるとは限らないんだけど、それでもね、そういうコトを気にしながら作劇しないと、せっかく予算かけてもらって長編描いたのに反響ゼロみたいなコトになってしまって、自分のクビを締めかねないのよ。

 でもまぁ、何を言ったところで、ページ数なんてのは予算で決まるものだから、何ページの仕事が来ても、そのページ内で求められたコトをやってのけるしかないんだけどね。
 一発ネタの1ページ漫画を20本考えなきゃならないのと、20ページの物語をしっかりまとめることの、どっちが大変かは一概に言えないし。

 ただ、依頼してくる人たちは、予算編成の段階も含めてドンブリすら勘定してない状態でテキトーに「○○ページくらいで」とオーダーしてくることが多いので、こっちで企画し直して逆提案することも多いんだ。

 予めページ数が決まっているときでも、そのページ数であることが合理的かどうかは検証し直して、その上で、どうやっても合理的でないときは、別なページ数で提案し直している。

 ボクの場合、お客に言われたページ数通りに描いたケースは半分くらいかな。短い漫画のときは想定ページ数通りのことが多いけど、数十ページクラスになると、まず想定通りにはならなくて、面付から全部を考え直して逆提案しないとダメなことが多いな~~。

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは電子書籍の拙著『広告まんが道の歩き方』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。他にもヒーロー小説とか科学漫画とか色々ありますし(笑)。