時空戦士イバライガー小説版を書こうと思ったワケ

2018年1月7日

 ボクが電子書籍で出版している小説『時空戦士イバライガー/IBALIGER BEYOND THE TIME OF HEROES』は、主に茨城県で活躍しているオリジナルヒーロー『時空戦士イバライガー』の世界を小説化したものだ。

 このイントロダクションでは、なぜ、そんなものを書こうと思ったかについて紹介しておきたい。

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イバライガーの世界観を考えることが仕事の必要条件だった

 時空戦士イバライガーは『茨城元気計画』という団体が運営している、いわゆる「ご当地ヒーロー」で、ボクは彼らと10年近く関わっている。

 あくまでもボクの自主活動だと思って関わっているので、正式なスタッフになったことは一度もないんだけど、元気計画の代表者である「卯都木睦(うつぎあつし)」氏を除くと、最古参の関係者になっていて、広報用のポスター、パンフ、チラシ、公式ホームページ、一部のノベルティやグッズなどの企画やデザインなどの多くを担当してきた。

 2012年頃からは、ステージショーのシナリオも、年に数回程度、担当させてもらっている。

 ボクがシナリオを担当するのは、主に「新キャラ登場時」「企業コラボなどで広告・宣伝的な要素をストーリーに組み込む必要があるとき」などだ。
 ようするに、ちょっと扱いが難しいときや、作品の世界観などに影響しそうな題材を扱うときに、ボクがシナリオを担当してきたの。

 で、そういうことになると、その場その場のシナリオを書けばいいってもんじゃない。
 後々までつじつまが合うように世界観や構成をしっかり考えなきゃならないし、キャラごとの性格なども把握していなきゃならない。

 これはポスターなどのビジュアルを作る時も同じだ。
 しっかりした世界観をイメージできていなければ、1つ1つのイメージがブレてしまい、その作品の個性が表現できない。
 ちゃんとしたモノを作るには、ちゃんと理解してなきゃいけないのだ。

 だから彼らと関わるようになったときから、必死に考えてきた。

 イバライガーとは、どういうヒーローなのか。
 全体のストーリーは、どんなものなのか。
 どんな世界観や設定であるべきなのか。

 もちろん、大雑把な設定はボクが関わる前からあって、ステージショーも続けてきたのだから、それを否定することはできない。
 それまでに演じた内容と合うように、作品世界を整理しなきゃならない。

 あのときのショーの内容がアレだったということは、それ以前に◯◯なことがあったはず。
 あのキャラが◯◯であることには、◯◯な理由がなければオカシイ。
 ◯◯という必殺技は本当は◯◯な技のはずなのにショーでは◯◯なのは、どう解釈すりゃいいのか。

 そういう1つ1つをしっかり考え、関連付けて、世界と物語を浮かび上がらせていかないと、シナリオなんか書けないのよ。
 作品世界を支える基本をきちっと構築していないと、矛盾だらけの雑なモノになっちゃうからね。

 つまり、イバライガーの世界観を考えることは、イバライガーを手伝うための必要条件だったんだ。

事業としてのイバライガーを考える

 子供向けショーのために、そこまで考えなくても……という意見もあるのだけど、ボクはそうは思わない。
 ボクは、イバライガーは徹底的にガチじゃなきゃいけないと思ってるの。

 そう考えるのには、いくつか理由がある。

 一番の理由は、ビジネス的な部分。

 ちゃんと稼げるのか、採算は合うのか、継続性はあるのか、といったことだ。
 身も蓋もないけど、そこを考えなきゃこういうことはやれないもん。

 そもそもイバライガーって、彼らの「本業」なのよ。
 趣味やボランティアじゃないの。
 本当に本業としてヒーローをやってるの。
 そういう事業なのよ。

 そういうものに関わる以上、ボクもビジネス的な可能性ってのを考えざるを得ないんだ。
 いくら好きでも、本業でやってることにボランティアで貢ぐ気にはなれないもん。

 つ~か、そういう気持ちでやってると責任感とか希薄になりがちだしね。
 つまり、雑な仕事をしちゃうと思うの。自分で意識してなくても、そうなっちゃう気がする。

 そんな関わり方はしたくない。
 やるなら、ガチだ。
 今は無償でも仕方ないけれど、将来的には、彼らもボクも、一定の売上を得られるようになってもらえないと。

 そうなるための条件とは何か。
 どんな戦略と事業計画が必要なのか。

 関わって以来10年、ず~っと無償で、むしろ持ち出しのほうが圧倒的に多いのだけど、それでもね、事業としての可能性を常に考えてきたの。
 儲からなくても仲間意識で楽しくやっていられりゃいいや、なんて思ったことは一度もない。

 だって、彼らは友人でもあるから。

 ボクは、友達がお金がなくて苦しんでる姿を見たくない。
 安易な気持ちで、先々のことを考えずに手伝うのは、その苦しみを長引かせるだけだとも思う。
 そして自分も苦しみたくない。家族や自分のスタッフを巻き込むなんて言語道断だ。
 関わるからには「経済的に成功させるつもり」でないとダメだと思う。
 そこを考えずに無責任な口出しなんかしたくない。

 それにボク自身のためにも、彼らには成功してもらいたいんだ。

 個人レベルで立ち上げた自分の作品を、自分でプロデュースして成功させる。

 そういうことができるという希望を見せてほしい。
 夢は叶う、というのを、この目で見たい。
 見るだけじゃなく、触れてみたい。

 ボクは彼らと出会った直後から、そういうことを思っていた。

 当時の資料を見返すと、彼らと初めて親しく語り合った夜にボクは「イバライガーをビジネス的に成立させるための要件についての考察」を書いている。
 それは、自分でも一晩で書いたとは思えないほどの量で、健全で安定的に運営していくために必要と思われる年間予算、そうした予算を獲得するには何をしなければならないか、それを行うにはどんな体制、職能が必要かなどを洗い出している。

 まぁ、今読むと色々と考察が甘い部分も多いのだけど、とにかくボクは最初から「事業としてのイバライガー」を見ていたのだ。

「最初から金のコトかよ!?」ってツッコまれそうだけど、うん、その通りだよ。
 だって、そこを考えておかないと、こんなこと続けられないと思うもん。

 数多くのヒーロー、怪人、MC、裏方などを維持していくとなれば、ちょっとした劇団以上の規模なのだ。
 社員数十名の会社を経営するのと同じなんだ。

 その規模なら年商は億単位で、その半分くらいの純利益を残せるのが普通だ。
 実際の劇団の多くは、さらにその半分くらいで活動しているコトが多いようだけど、ギリギリレベルの目標設定じゃ危なっかしくて仕方ない。
 余裕があってウハウハになれる目標設定で考えて、ようやくギリギリを達成できるかどうかというのが現実ってものなのだ。

 ウハウハを目論んで、実際にはギリギリ。
 まずは、キツくてギリギリだけどなんとか続けていられる状態にして、その後、できるだけ成長させていくしかない。

 成長できる伸びしろがあることは大前提だ。

 スタッフにだって人生がある。生活がある。
 それを守り続けなきゃならない。守れる力にならなきゃならない。
 そうでないとスタッフの意識はボランティアレベルのままになってしまう。
 得るものがちっちゃいのに、頑張れとか言っても無駄だ。
 頑張った先に大きなものがあると確信できなけりゃ人は頑張れないし、そういうビジョンもなしに何かを求めるのも間違っている。

 どうしても商売として成功するための諸条件をクリアしなきゃならないんだ。

 だって、イバライガーは彼らの本業なんだもん。
 本当に商売なんだもん。

茨城で一発当てるには……

 イバライガーは茨城ローカルだけど、茨城だけでウケていてもダメだと思うんだ。

 ローカルヒーロー団体がそれなりの力をつけるには、地方のテレビ局で番組にしてもらうのが一番の早道だ。

 連続したテレビシリーズになれば、視聴者を作品世界やキャラに親しませることができる。
 CMなどを通じて、地元有力企業とのコネクションも育てられ、営業力を大きくアップさせられる。
 営業力が上がれば、ステージショーを行ったりDVDやキャラグッズなどを売る機会も増やせる。
 そうやって、ローカルエリアに限定すればキー局で展開している有名ヒーローにも負けないような地盤を作り上げる。

 力をつけている多くの団体は、そのパターンだ。
 まずローカル放送のテレビ番組になることが、成功の第一歩なのだ。

 でも茨城では、それができない。

 なぜなら、茨城県は全国で唯一、地方テレビ局がない県だから。

 他の地域のモデルは使えないのだ。

 となると、他の方法を考えなきゃならないのだけど、茨城は広報にも積極的じゃない傾向が強いんだ。
 そのことは茨城を拠点に20年以上も仕事し続けてきたから、痛いほどわかっている。

 茨城で10社の広報案件を独占するなら、東京で1社の広報を同業10社で分け合うほうが、ずっと稼げる。
 同じ関東だけど、千葉、埼玉、神奈川と比べても、広報への投資額は半額近い。
 ボク自身も、茨城を拠点にしていても、茨城メインではやっていない。
 ていうか、やっていけなかった。

 だからイバライガーのギャラも上がらない。
 むしろ、下がり続けているくらいだ。

 出演回数が増えているから年間の総額は大きく変化してないけど、仕事を増やして減った分を補ってるだけだから、年々キツくなっていくだけ。
 増えたとしても、出費はもっと増えてしまうのだ。
 これでは、どうにもならない。

 となると、今はローカルで踏ん張っているにしても、将来的にはもっと広い地域にアピールしていけないと事業としては成り立たない。
 茨城をメインに考えるにしても、茨城(特に県南地区)では「東京で売れている」といった評判がないと売れないというような、都心コンプレックスのようなものがあるんだよね。なまじ東京に近い(ボクの最寄駅から東京駅までは各駅停車でも約70分)からこそ、そういう傾向があるの。

 つまり、茨城のスポンサー企業に売り込むためにも「ローカルではない人気」が必要なんだ。

「将を射んとすれば、まず馬を射よ」というやつ。
 ま、この場合、馬を射てしまえば将は射たなくていいって話でもあるんだけど(苦笑)。

 だいたい、遠く離れた他県の人々が、わざわざローカルヒーローを見に来るか?

 ショーは無料でも、交通費や時間もかかるんだ。
 よほどじゃないと来ないよねぇ。
 ご当地巡礼で成功している作品だって、まずテレビなどで作品を見てファンになって、それから現地訪問なわけだし。

 ようするに、事業として当てるためには、結局「いい作品」でなきゃダメなんだ。
 そして、それを多くの人に見てもらい、楽しんでもらえなきゃ。

 ビジネスとしてしっかりやっていけるようになるには、それだけの力のある作品でなきゃいけないっていう、当たり前のことなんだよね。

ローカルだからこそガチであるべき

 だから、ガチでなきゃいけないの。

 本気で当てたいなら、本気で考えるしかないんだ。
 ローカルで子供向けなんだからこんなもんでいいだろ、じゃないんだ。

 むしろローカル&子供向けだからこそ、しっかりとした背骨と通さなきゃいけないと思っている。

 やっぱりね、ローカル作品ってメジャーな作品よりも劣ることが多いもんね。
 映画でもユニバーサルとかワーナーなら、ダメだとしてもソコソコだろうと期待するけど、アルバトロスとかプライムウェーブだと、最初から地雷覚悟で観てるし。マイナーでも面白いものはあるけど、イマイチなものは、その何百倍もあるのが普通なんだよね。
 ローカルだからこそ「うわ、これはなんじゃあ!おもしれぇええ!!」って思われなきゃいかんと思うのよ。
 ちょっとやそっとマシなくらいじゃ、ローカルバイアスかかってる視聴者の壁は突破できないだろうから、本当に本気じゃないとダメなのよ。

 しかも予算ないから、すげぇ映像とか見せられるわけじゃない。

 キャラクターの魅力、シナリオ、各種設定などから、すげぇものを想像しちゃうようでないとダメなのだ。
 プロなら「それ、オレに描かせろ!」とか、ファンなら思わず二次創作しちゃうとか、そういうもんを目指さないと。


 それと、子供向けのほうもね、子供向けだからこそ手抜き出来ないと思ってる。

 だって、子供に子供だましは通じないもん。
 子供だましが通じるのは、それで子供を騙せていると思っている大人に対してだと思うの。
 仮面ライダーやウルトラマン1体ごとの区別がつかず、どれを買っても同じだと思ってるような大人にしか、子供だましは通じないと思うの。

 子供は真剣なんだよ。

 だから、こっちも真剣じゃなきゃ。
 そうでなきゃ信用されないじゃないか。

 ガチじゃなきゃいけない理由は、まだある。

 それは、先行する作品たちへの敬意だ。

 イバライガーが生まれたのも、ボクがそういう作品を好きなのも、大勢のファンが楽しんでくれるのも、全ては先人たちが「少しでも本気の作品を目指そう」と頑張ってくれたおかげなんだ。

 いや、仮面ライダーでもね「その時代を遥かに凌駕したテクノロジーで世界征服を企むほどの組織が、なぜか幼稚園バスを襲う」とか、オイオイとツッコみたくなる展開は多いんだけど、それでもね、単なる妖怪じゃくて改造人間とかね、時代に合わせて、よりリアルになるように工夫はされているのよ。

 そして、そういう工夫を積み重ねてコンテンツは進化してきたんだ。

 昔なら、悪の組織が理由もなく世界征服を企ててもOKだったけど、今ではそれなりの理由を考えなきゃいけない。
 オーバーテクノロジーなロボット軍団を持っているなら、なぜ、そんなものを作れるのかも考えなきゃいけない。
 レーダーを使えなくするだけの設定だったミノフスキー粒子も、今ではミノフスキー物理学と呼んでもいいほどのSF考証に支えられている。

 フィクションの世界も、しっかりと進化してきたんだ。
 ボクらは、そういう作品に育てられてきたんだ。

 だから、真剣に考えるべきだと思うの。

 大人気なく、本気で「イバライガーが実在する世界」を考える。
 あり得ないことを、どうやったら「あり得る」ように感じることができるか、とことん考える。

 そうでないと、自分を夢中にさせてくれた作品や製作者たちに顔向けできないもん。

 むろん、どんなに考えたところで、その全部をステージショーで披露できるわけじゃない。
 というか、ホンの一部をちらっと垣間見させる程度が限界だ。

 なんせ観客は、小さな子供たちだからね。
 今では「おっきいお友達」の観客も多いのだけど、それでも子供たちをメインに考えざるを得ないんだ。

 小さなお子様が見るステージショー、それも30分ほどの時間しかなく、基本的にその1回だけで楽しめるものでなければならない。
 そういう前提でやってるんだから、いちいち細かな設定等を語ることなんかできるわけがない。
 幼児でもわかるようなシンプルな内容にせざるを得ない。

 それでも、最初から考えていないのと、考えた上で簡略化するのとでは全然ちがうんだ。

下手なビジュアルよりイマジネーションに期待

 しっかりした土台があればこそ、その上に多くのものを乗せられる。
 ちょっとやそっとではグラついたりしないものになる。

 ボクは、作品をつくる、育てるというのは、そういうことだと思っている。
 まぁ、これは個人的な思いだから、そうじゃないものは全否定とかってことじゃないんだけどね。

 でもボクは、関わるからにはしっかり考えたいのよ。

 そして、しっかり考えると、そこには様々なドラマが生まれてくるし、生まれたものは伝えたい。見せたい。
 ていうか、そういうことを考えちゃったら伝えずにいられないのが「作家」という生き物なんだよね(笑)。

 だから「小説版」を書くことにしたんだ。

 ステージショーでは見せられない背景や描写を伝えて、もっと楽しめるようにする。
 連続したストーリーを提示して、テレビ放送できない部分をフォローする。
 ガチな世界観や設定を披露して、新たなファンの獲得を目指す。

 そういう目的や役目を考えて、小説版をやることにしたの。
 どれもこれも、今のイバライガーショーではやれない要素だから、せめて小説で、と。

 元々が漫画家だから、本当は漫画にしたかったんだけどね。

 でも、いい加減な漫画は描きたくないのよ。

 だって、人気の作品っていうのは、本気で魂を注ぎ込んで、毎日のほとんど全部くらいの時間を使って描かれていたりするんだ。
 けど、原稿料などがもらえない上に単行本も当てにできない(出すとしても自費出版)な作品で、そういうことは出来ないの。アシスタントだって雇えないし。
 だから、仕事の合間にしか描けないんだけど、そんな程度の作品が、魂削って描かれている他の作品に対抗できるとは思えないの。
 ましてや、ボクの技量じゃあね。

 それで、小説にしたの。

 小説が漫画より楽ってことじゃないよ。
 むしろキツイ部分も多い。

 けど小説なら、ボク一人でやれる。
 休日や夜中にコツコツと書き続けることもできる。
 画力に自信ない漫画家のボクでも、イマジネーションでなら戦える。

 だから小説になったの。

 できの悪いビジュアルを見せちゃう漫画にするくらいなら、読者のイマジネーションだけに期待したほうがマシ。
 ボクは、そう思ったの。

 ステージショーだって、その多くはショッピングモールのセンターコートなど「ただの店先」でやってることが多いんだ。
 エフェクトもないし、カキワリもない。

 それでもファンには、ないものが見えているんだ。
 何もないからこそ、想像力が増幅される。全部が見える。

 そういうものだと思うの。

小説化はボクの鬱憤晴らし

 そういう経緯で小説版イバライガーを書くことにしたので、小説の内容はステージショーとリンクしている。

 もちろん小説とステージショーでは対象も違うから「可能なかぎり」としか言えないのだけど、だからってショーで演じられたことをまったく無視するようなことはしたくなかったんだ。
 ていうかソレをやっちゃったら、イバライガーとは関係ないものになっちゃうし。

 だから、アレはアレ、コレはコレと、まったく違ったことを描くのではなく、ショーの内容とクロスオーバーするように心がけている。
 小説化は、ステージショーでは断片的にしか描写できなかったことをつなぎあわせ、また、長年の活動で生じてしまった矛盾や不都合を整理して、イバライガーショーの背後に流れるテーマを明確にしていくための作業なんだ。

 そして何よりも。

 これはボク自身の意趣返し、鬱憤晴らしでもあるんだよね。

 ステージショーでは出せなかったイマジネーションの全てを、何の遠慮もなく思いっきり出してみたい。
 記号的に扱われがちな一人ひとりのキャラの裏側に、どれだけの物語があるのかを伝えたい。
 ショッピングセンターの軒先で、カキワリもエフェクトもなしで演じられているシーンが、本当はどれほどなのかを伝えたい。

 そういう悶々が溜まりまくって、とうとう吹き出しちゃったというのが、小説執筆の本当の動機なんだよね。

 この文章を書いている今(2017年12月)、小説版は20話までリリースされ、今は21話を手掛けているところ。
 小説版は30分のテレビシリーズを意識して1話ずつを描いていて、全体では50話ちょいになる予定だから、まだ半分にも達してない。

 でも最終回……いや、その後の続編まで、しっかり構想はあるのだ。
 10年、イバライガーに関わって、溜め込んでしまったものは、とんでもなく大きいのだ。

 だから、それを吐き出してスッキリするところまでは、やりたい。

 どこまでやれるかはわからない。
 でも、売れるとか売れないとか……は気にするけど、それだけじゃないから、最後までやれそうな気がする。

 溜め込んだものを吐き出さないと、自分がパンクしちゃうからね。
 なので、自分がスッキリするところまでは、自分が生きてる限り、やると思うの。

 最後まで読んでくれる人が、いてくれたらいいなぁ(笑)。

 


※このブログで公開している『小説版イバライガー』シリーズは電子書籍でも販売しています。スマホでもタブレットでも、ブログ版よりずっと読みやすいですので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです(笑)。