小説版イバライガー/第2話:想いの力(前半)

2018年1月3日

(←第1話:後半へ)

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OP(アバンオープニング)

 イバライガーは素早く二人を抱きかかえ、4階分の高さをジャンプした。
 そのまま実験棟の屋根を突き破り、虚空へと飛翔した。

Aパート

 シンとワカナは混乱したまま、ぼんやりと周囲を見下ろしていた。

 逃げ惑う人々。あちこちで起こる爆発。悲鳴。
 その爆煙の合間から見える、異形の生き物たち。

 ワカナはとっさにナツミの姿を探した。
 まだきっとどこかで生きている。

 それとも……彼女もまた、博士のように変貌してしまったのだろうか。

 脳裏に変貌したティクス博士の姿が蘇り、ワカナは必死にそれを打ち消そうとした。
 ナツミが、あんな姿になるはずがない。

 だが、それは博士もそうだ。
 優しく、研究熱心で、ユーモアもある。いつも自分たちを気遣ってくれる人だった。
 それが、あんな……。

 自らをジャーク……と呼んでいた。

 ジャークって何? なんであんなことが起こるの?

 きっとこれは悪夢だ。そうじゃなければ大掛かりなドッキリ。
 でも博士はオバケになって、ナツミはさらわれて……。

 再び混濁しかけた思考を断ち切ったのは、人ならぬ者の声だった。

「しっかりつかまっているんだ」
 すぐ耳元で聞こえた声にふり返った。

 赤いボディ。赤いマスク。
 矢印のような白いストライプ。

『彼』は、シンとワカナを両腕に抱きかかえたまま、混乱する世界を見下ろしていた。
 反対側の腕に抱かれたシンも、『彼』をじっと見つめている。
 明らかに混乱していることが分かる表情だが、どうやら怪我はしていないようだ。
 そして、不安そうな顔ではない。

 それはワカナも感じていた。
 不思議なことに、先ほどまで強烈に感じていた悪意が薄らいでいる。
 眼下では今も惨事が続いているのに『彼』に抱かれているだけで、恐怖や不安が打ち消されていくようだ。

 自分を支えている腕から、とても強い力と意思を感じる。
 しっかりと抱かれているのに、それほど圧迫感はない。
 甲冑のように見えるボディには、わずかながら弾力も感じる。

 ワカナは改めて『彼』を見上げた。
 シンのノートに描かれていたヒューマロイド。
 イバライガーと呼んでいたモノ。

「しっかり、つかまってください!」
 再び同じ言葉が聞こえた。

「もう一度、翔びます!」

 その言葉を言い終わらないうちに、腕の力が強くなり、ほんの少しかがんだように感じたとき、イバライガーは大きく跳躍していた。
 凄まじいGと風に顔をそむけたワカナは、うっすらと開いた目で、遠ざかる研究所を見ていた。
 大きな爆発が起こり、研究所全体が炎に包まれた。

 背後から追ってくる熱風を感じながら、ワカナは思った。
 日常が、自分の知っていた世界が、遠ざかっていく。
 もう、あそこには戻れない。

 自分も、シンも、これからは、この凄まじい風と炎の中で生きなくてはならないのだ。
 何も分からないけれど、それだけは確かなことだ。

 


 研究所から数キロ離れた森の中で、イバライガーはやっと二人を放した。

 すでに陽が落ちかけているが、背後の空は赤々と照らされ続けている。
 夕焼けではない。研究所が、まだ燃え続けているのだ。

 パトカーや消防車のサイレンの音も、ひっきりなしに聞こえてくる。
 周辺地区からも応援が殺到しているのだろうが、どれほど援軍をかき集めても足りないに違いない。
 なにせ研究所は、直径1キロもの広さなのだ。

 怪物と化した者たちに、警官や消防隊員が襲われるのではないだろうか。

 不安げに空を見つめる二人に、イバライガーが語りかけた。
「大丈夫です。すでに、あの場所にジャークはいないはずです。今頃は、どこかへ潜伏しているでしょう」
「潜伏って……」

 このヒューマロイドは事情を知っている。
 そう思ったとたんに、ワカナは我慢できなくなった。

「あの怪物……ジャークって何なの! なんであんなコトが起こったの! ナツミはどうなったの! それに……あなたは何なの!」
「ワカナ、ちょっと落ち着けって……」
「何言ってんのよ! ねぇ、このヒューマロイドはシンが作ったんでしょ! シンも何か知ってるでしょ! どういうことなのっ!?」

 不安と混乱が一気に噴き出し、ワカナはパニックしかけていたが、それはシンも同じだった。

 自分がデザインしたヒューマロイド。
 まだ開発予定にすらなっていないどころか、ただの空想上のはずのモノ。

 それが、今、目の前にいる。
 研究所で起こったことも含めて、何が何だか、全く分からなかった。

「ワカナ……」

 ヒューマロイドが語りかけた。

「……シンは、何も知りません。ですが私は、シン、いえ、あなたがたに作られたヒューマロイド……イバライガーです」
「わ、私たちが……作った!?」
「……そう、私にとっては数十年前……あなたたちにとっては、ずっと先の未来で、私は生まれた……」

 ずっと先の未来で、自分たちが作った……?

 二人とも、イバライガーの言っている意味を理解するのに、かなりの時間が必要だった。
 唯一の解釈が、一番ありえない解釈になってしまう。

「そ……そんな……」
「……タイム……トラベル……?」

 ようやく唯一の解釈を口にしたが、もちろんジョークだ。
 本気でそんなことを口にするわけがない。
 シンは、ひきつった笑いを浮かべた。一体、誰が仕組んだ悪ふざけなんだ。

 だが……ならば、目の前にいる『コレ』はなんだ?
 自分しか知らないはずの姿。コスプレ?

 いや、大人二人を抱えて数百メートルも跳躍したパワーは、どう説明する?

 彼が何であれ、現代の科学では成しえないことは、はっきりしているではないか。
 宇宙人だろうが未来人だろうが、とにかく今の人類の技術ではないことだけは間違いないのだ。

「お、お前は……本当にイバライガー……なのか?」

 イバライガーは比定せずに続けた。
「そうです……。私はあなたがたの意思によって生まれ、この時代にやってきた。ジャークによって破壊された未来に代わって、新たな歴史を作るために……」
「未来が……破壊される……?」
「ええ、この世界は、あと数年で見る影もなく荒廃します。ティクス博士のエモーション抽出実験によって出現した『悪意が集積したエネルギー生命体=ジャーク』によって……」

 


 イバライガーの語る未来。
 それは衝撃的な物語だった。

 イバライガーが生まれた未来は、ジャークによって汚染され、すべての環境が破壊された世界だった。

 エモーション抽出実験によって生まれ出たジャークなる者たちは、数年の潜伏期を経て、再びその姿を現す。
 人間を遥かに凌駕する力を持ち、『悪意』を糧として、増殖を続けていく。

 その力に世界が気づいたときには手遅れであり、やがて人類の大半は死に絶え、わずかに生き残った者も、ジャークによって殺されていく暗黒の時代となるのだ。

 そんな運命を変えるべく『対ジャーク防衛用ヒューマロイド』として、イバライガーは開発されたが、彼が完成したときには、もはや全てが手遅れだった。

 だからイバライガーは時を超えた。
 ジャークを食い止め、未来を変えるために。

「ちょ、ちょっと待て!」

 この話はヘンだ。つじつまが合わない。

「それが本当なら……なぜ『この時間』にやってきたんだ? ジャークを食い止めるのなら、その発生源を断つほうが確実なはずだ。つまり実験前の時間にタイムスリップして、実験そのものを止めればいいじゃないか?」

 これは、タイムスリップもののSFやアニメに共通の疑問と言っていい。
 自由に時間を巻き戻せる、あるいは歴史をリセットできるのなら、成功するまで何度でも繰り返せばいいだけだ。
「こぼれた水を拭きにくる」のではなく、水がこぼれること自体を防いでしまえばいいはずで、ヒューマロイドである必要すらない。

「……恐らく……『この時間』にしか、来れなかったのよ」
 じっと聞いていたワカナがつぶやいた。

「エモーション抽出実験で生まれた巨大エネルギーを利用しなければ、過去世界でイバライガーが実体化することは不可能だった……そうでしょ?」

 ワカナが、イバライガーを見つめた。
 言われて、シンも気づいた。

 


 衝突型加速器での素粒子実験は、極小規模ではあるが宇宙誕生時と同じ状態を作りだすようなものだ。

 宇宙が生まれた直後、数兆分の1秒以下の一瞬には、現在の宇宙には存在しない様々な『力』が混沌としていた。
 素粒子実験とは、そうした刹那に何が起こっていたかを検証することで、宇宙そのものの成り立ちとメカニズムを探るためのものなのだ。

 約138億年前の距離も空間もなかった当時の一瞬を、実際に観測することはできない。
 そこで当時と同じ状態を再現してみるのである。
 現在の、観測可能な宇宙の状態から導き出された仮説、推論に基づいて、極小の宇宙を作ってみるのだ。

 ある一点、ミクロという言葉でも言い表せないほどの小さな一点に、巨大なエネルギーを集中させる。
 今回の実験では、原子核よりも小さな点に、ちょっとした地方都市で一カ月に使用する総電力に匹敵するほどのエネルギーを、ほぼ光速にまで加速して叩き付けている。

 それほどの力を集中させても、その点は数千兆分の1秒以下で崩壊・消滅する。

 だが、ほんの一瞬とはいえ、その点は『時空の特異点』となり、宇宙誕生の瞬間と同じ状態となるのだ。
 そして、そこには、その瞬間にしか存在し得なかった未知のエネルギーや、我々の日常とは全く異なる物理法則が生まれる。
 それは、この世に存在するはずのない点、この世とは違う別の時空……まさに特異点なのである。

 その、とてつもないエネルギーが集中した点。
 過去も未来もない特別な点。未来が過去になり得る一瞬。

 それを利用して、イバライガーは時を超えたのだ。

 ジャークが出現した、まさにその瞬間だけが、過去へ転移できる唯一の点だったのだ。
 だからこそ、ジャークに対抗し得る『力』が必要だった。
 まだ世界を救えるうちに、その時代にないはずの『力』を送り込むことで、歴史を変える。
 それが未来の人々の、最後の選択だったのだろう。

 


 そう考えて、やがてシンは、もう1つの事実に気づいた。

「あなたは……もう戻れない……のね?」
 ワカナがつぶやいた。同じことを考えて、そして同じ答えに気づいたのだろう。

「はい。私は、もう元の時間には戻れない。タイムジャンプを行えるのは、ある特定の瞬間、それも巨大なエネルギーが存在する場所だけなのです。……そしてもう二度と、誰も未来から訪れる者はいない……」

 そう、そのはずだ。

 彼が語った未来には、もう彼を呼び戻すエネルギーも、恐らく人間もいない。
 滅亡してしまった未来は、別な歴史だ。その世界は、もう救えない。

 終わってしまった世界を背負った孤独なヒューマロイド。
 それがイバライガーなのだ。

 あまりにも非現実的な話。

 だが、実際にイバライガーが存在し、ジャークの誕生も目の当たりにした。
 やがて世界は終わる。その引き金を、自分たちは引いてしまったのだ。

 知らなかったとはいえ、自分たちはジャークを生み出してしまった。
 取り返しのつかないことをしでかしてしまった。

「……オマエなら……止められるのか?」
「……未来のオレたちは、世界を救う力を、オマエに与えることができたのか?」

「今なら……間に合うはずです。ジャーク汚染が広まる前に、私が全てのジャークを倒す……! そのために私は作られたのですから」

 イバライガーは決然と言い放った。
 その言葉には、マシンとは思えない意思が感じられた。
 それは絶望ばかりを見せつけられた中で、はじめて感じた希望だった。

(後半へつづく→)

 


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