序:素粒子物理ギャグ漫画『カソクキッズ』の裏話を書こうと思ったワケ

2017年12月27日

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ブツリガクなんてわかりません

 ボクはSFが大好きで、宇宙の不思議だって大好きだ。

 ネイチャー系の番組も好きだし、中学生の頃には5日連続でテレビ放送されたスペシャル番組『コスモス(カール・セーガンが総合案内だった)』を夢中になって観ていた。
 あの番組の合間に入るコマーシャルで「数の単位」を覚えたんだよな。
 億、兆、京(けい)、凱(がい)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)……。

 でも、そういう「興味のあること」は好きでも、物理の授業は大嫌いで、ずっと赤点だった。
 数式だの、ナントカの法則だの、いくら覚えろと言われても何のためなんだか、ちっともピンと来なくて全然ヤル気が出ないんだ。

 何でもかんでも知っていて損はないと思うんだけど、目的もなく、ただ覚えるみたいなことは今でも嫌い。
 当時のボクには、学校の勉強って携帯電話のマニュアルを暗記するみたいな感じがしたんだよね。
 そんなモン、必要になったときしか読まないだろ、今覚えなくてもいいじゃないかって思ってたの。

 そんなボクが、物理の漫画を描く事になった。

 後に『カソクキッズ』と名付けられる作品だ。

知らなくたって描けるはず……なんだけど……

 作品の舞台は「高エネルギー加速器研究機構(以下KEK)」という、研究機関。
 このKEKには国内最大、世界でもベスト3くらいの巨大粒子加速器がある。

 それを使って電子と陽電子という「素粒子」を、ほぼ光速にまで加速し、正面衝突させ、その崩壊を詳細に調べることで宇宙誕生の謎を解き明かそうという、とんでもなく壮大な実験と研究を行っている。
 これは本当にすごい研究で、実際、2008年にKEKの小林誠博士がノーベル賞を受賞しているし、2015年に受賞した東大の梶田隆章博士の研究も、KEKと密接に関係している。

 マジで世界有数の研究機関なのだ。

 そして、その研究内容を漫画で紹介していく、というのが『カソクキッズ』という作品なのだ。

 扱う内容は、最先端の素粒子物理学や宇宙論。
 大人でもわからない人が多い分野だ。

 それを小・中学生でもわかるように、漫画化しなきゃならない。
 理数系万年赤点の、このボクがだ。

 どうしよう!?

 ……とは思わなかった。

 だって、ボクは漫画を描くだけのハズだもん。物理を描くんじゃなくて漫画を描くんだから、自分の土俵でしょ。

 そもそも作家にとっては、取材したりしながら本来専門ではないジャンルを題材に描くなんてのはアタリマエのことだ。
 スポーツ漫画だろうが、料理漫画だろうが、物理漫画だろうが同じ事だ。

 それに物理のことはKEKの博士たちが原稿をくれるに決まってるし、なら、それを漫画としてどう扱うかってだけのハズだもんね。
 いつも通りだよ。

 ……と思ったのがアマかった。

 いや、いつもと違っていたわけじゃない。
 ふだんの広告漫画を描くときと、条件は一緒だ。依頼主から「お題」と「その内容もしくは解説」をもらい、それを漫画にまとめる。
 何も変わりはないはずなんだ。

やるしかないなら、やるだけだ

 一応は「もらう」と書いているけど、実際に「もらえる」ことは少ない。

 依頼主は、漫画で説明する、広報するというアイデアしかなくて、何をどう説明するのか考えてないケースも少なくないんだ。
 だから原稿や資料が出て来ない。出てきたとしてもズレてたり、そのままでは使えなかったりすることが多い。

 そんなわけで自分で取材して、ネタを掘り起こすところから始めることが多いんだ。
 例え、使える資料をもらえた場合だって、それを丸写しするだけで漫画が出来上がるわけがないしね。

 依頼主から預かる原稿ってヤツは「原作」じゃなくて資料に過ぎないんだ。
 ストーリーテラーはあくまでもボク。

 主旨や要点を理解してアレンジして「自分の作品」にしなきゃならない。
 依頼主の指示に従うのではなく、作者自身が主導権を握って、プロジェクトを牽引していかなきゃならないんだ。

 そのためにも、資料をちゃんと読み込んで検討したり、取材して自分なりのとっかかりや足りない情報を集めたりしなきゃならない。

 漫画を描くというのは、まず描く前の段階がしっかりしてないとダメなんだ。

 描く題材について、しっかり勉強すること。
 そこがいい加減だと「お題」の扱いが不自然になったり唐突になったり強引になったりしちゃうんだ。

 ま、ソレも漫画家にとっては当然のコト。

 いつだって、そうやって漫画を描いてきた。
 漫画だけでなく、ホームページを作るとか広告を考えるときも、自分で解釈し直して、ボクなりの視点で提案してきた。

 ただ……。

 今回は「最先端の物理学」。

 想像しやすい商売とか見た事のあるスポーツなんかとは、ケタが違う。

 やべぇ! オレ物理を理解してね~よ!

 いや、最低限は知ってますよ。
「光速度不変の法則」とか「エネルギー保存則」とかさ。

 ただ一般人として知っているというレベルであって、きちんと説明できるってわけじゃないんだよな。
 ていうか厳密に、正しく、という意味ではビミョーに勘違いしてたりもすると思うんだ。

 なんせ、ちゃんと勉強してないんだから。
 知っているというのも「小耳にはさんだ程度」なのだ。

 マジですっげぇヤベエ!
 こりゃ辞退したほ~がいいんじゃねぇか?

 ……とは思わなかった。

 ボクは昔からノーテンキというか、何でもかんでも「やればできる」と思っちゃうヤツなのだ。

 親も学校の先生も友人も「一流誌でデビューして漫画家になる」なんて無理だと言ったけれど、ボクは一度も疑った事はなかった。

「なれるに決まってんじゃん」と。

 で、実際にデビューできた(もっともデビューして連載もしたけど、売れっ子になれたわけじゃないから広告漫画やってんだけど)。

 広告業界に飛び込んだときも、広告くらいやれるに決まってると思ってて、その考えは甘すぎたのだけど、それでも良い先輩に恵まれて今日まで数十年やってこれた。

 ホームページの仕事を初めて引き受けたときも、HTMLタグとかインターネットとか、チンプンカンプンだったけど、納期までには覚えて、ちゃんとしたモノを納品できた。

 だから、今回だってなんとかなるのだ。

 やればできる、というより「やるしかないなら、やる」という感じ。
 いや、やれそうにない題材でも、挑んで、もみ合って、自分なりに何とかしちゃうのがプロってモンなのだ。

 理不尽だとか嘆いてもダメ。
 ボクが選んだ「広告漫画家」ってのは、そういう仕事なんだから。

 知らない何かを、専門家のような顔して説明してみせるのが広告制作という仕事なのだ。
 知らないから描けません、なんて言っていたら生きていけないのだ。

知らない者にしか描けない科学漫画を目指した

とはいえ。

 ブツリガクなんて、全然わかんね~よぉお。
 取材するにしても、何を聞いたらいいかもわかんないよぉお。
 資料や参考書を読んでも、書いてあるコトがチンプンカンプンだよぉお。
 とっかかりが全く見えないんだよぉおお。

 ……というわけで、ボクは開き直った。

 バカのままでいいや。
 バカ上等。そのまんまでやってやる。

 ボク自身が学んでいく過程そのものを漫画にぶつけるのだ。
 子供時代に戻って、子供たちの代弁者としてKEKと向き合えばいい。

 知らないことは恥じゃない。中学生の理科で習うようなコトでさえ勘違いしてたりするのは恥かもしれないけれど、その程度のヤツは珍しくもないだろ?
 ボクだけが恥なわけじゃないんだし、そんなら、構うものか。

 これから学べばいいじゃないか。
 それも、本職の専門家たちに直接聞けるんだから、これ以上の幸運なんてない。

 バカで結構。
 むしろ物理オンチにしか描けないような作品を、物理最先端の研究所を舞台に描くなんて痛快じゃないか。

 ボクはそうやって開き直ったんだ。

 勝手に開き直っただけで、KEK側の了解を得ていたわけじゃないんだけど、ボクがやる以上は、そういうふうにしかやれないんだから仕方ないのよ。

学んだことを全部伝えるのはボクの使命

 そういうスタンスをKEKの人たちは受け入れてくれた。

 そして結果的に、ボクは世界を代表するクラスの頭脳の皆さんによる「世界で一番受けたい授業」を受け続けることになった。

 毎月1回行われるカソクキッズの打ちあわせは「保護者会」と呼ばれているのだけど、これ、事実上の個人授業なんだ。

 なんせボク、何にも知らないからね。
 普通の「仕事の打ち合わせ」にはならないのよ。

 まずボクに最低限の知識を授けないと漫画どころじゃないわけで、打ちあわせ時間の大半は、博士たちから様々なことを教えてもらうために費やすしかないの。

 これが、すっげぇ楽しい!!
 原稿料をもらうどころか、カネを払っても参加したいレベルなんだ。

 だいたい、自分一人のために幾人もの科学者に集まってもらって個人授業を受け続けるなんて、そんなコト体験した人、人類全体でも何人いるのか。
 この状況を楽しまないなんてモッタイなさすぎる。

 しかも時にツクバがアキバになっちゃうくらいに脱線もする。

 ガンダムが、イデオンが、ガオガイガーが、エヴァンゲリヲンが、宇宙創成の謎を巡って駆け回っちゃうのだ。
 2~3時間なんて、あっという間。
 笑いっぱなし、盛り上がりっぱなし。本当にたまんないよ。

 そんな具合だから、実は『カソクキッズ』は、ものすごくドキュメンタリー的な漫画なんだ。
 だって本当に漫画に描いたまんまだったんだから。

 4人のキッズたちがボク。
 2人(セカンドシーズンでは3人)の博士が、保護者会の博士たち。

 保護者会の打ち合わせで話したことを、そのまま漫画に描き写していたようなモンなのよ。
 アホらしいギャグの多くも、本当に現場で口にしていたことなっんだ。
 ボクは、自分が体験したことを少しでも多く読者の皆さんに手渡したいと思って『カソクキッズ』を描いてきたんだ。

 でも、どうしても作品に盛り込めなかったモノも山ほどある。

 それらをこのまま埋もれさせてしまうのは、あまりにもモッタイナイ。

 だから、その裏話をここに書こうと思うんだ。

 そうすることは、ボクの使命であり責任でもあると思うんだ。

 ボクは大勢の代表として、あの「保護者会」の席にいたのだと思っている。
 ボクが体験したことはボクだけのものじゃない。
 独り占めは許されないし、ボクも多くの人と共有したいんだ。

 科学を学ぶことが、どれほど楽しかったのか。
 学ぶと、科学知識に触れることがどれほど楽しくなるのか。

 カソクキッズ連載の裏で繰り広げられていた、アホな漫画家VS科学者集団のスッタンバッタンの大騒ぎを通じて、少しでもソレを伝えたいんだ。

 


※カソクキッズ本編は「KEK:カソクキッズ特設サイト」でフツーにお読みいただけます!
でも電子書籍版の単行本は絵の修正もちょっとしてるし、たくさんのおまけマンガやイラスト、各章ごとの描き下ろしエピローグ、特別コラムなどを山盛りにした「完全版」になってるので、できればソッチをお読みいただけると幸いです……(笑)

 


※このブログに掲載されているほとんどのことは、電子書籍の拙著『カソクキッズ』シリーズにまとめてありますので、ご興味がありましたら是非お読みいただけたら嬉しいです。KEKのサイトでも無料で読めますが、電子書籍版にはオマケ漫画、追加コラム、イラスト、さらに本編作画も一部バージョンアップさせた「完全版」になっているのでオススメですよ~~(笑)。